Yahoo!ニュース

「日々の生活で精一杯で結婚も出産も考えられない」経済環境が植え付ける学習性無力感

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

給料があがっていない

「異次元の少子化対策」の正体がバレてきている。

結局バラマキ給付を授けるように見せかけて、社会保険料の増額など国民負担金をあげることで、「いってこい」どころか全体としては召し上げられる金額が増えるカラクリだったようである。

2022年の賃金構造基本統計調査から、男性の年齢別かつ企業規模別の平均年収(賞与込み)を計算して、それを2000年と比較したものが以下である。

まず、驚くのが22年前より年収があがっているところがほとんどないというところである。何より、もっとも給料の高い1000人以上企業規模の大企業における30~54歳の減少幅が大きい。いわゆる子育て世代にあたる年齢である。

さすがに元々低い20代の給料は微増しているが、それよりも55-64歳の世代の給料はキープどころか若者の給料より増額されている。給料を決める立場の経営者おじさんたちが、若者や中年の現役バリバリ世代の給料を抑制して、自分らの取り分だけは確保したように勘繰れてしまう。

当然、中小の企業の経営者の中には、これでも精一杯というところもあるだろう。しかし、ニュースによっては、大企業の利益が過去最高などと報じているのも見かける。その過去最高の利益は一体どこに還元されているのだろうか。

手取りはもっと下がっている

2022年だけが下がったわけではない。2000年以降ずっとこの状態であるし、リーマンショックの影響のあった2009-2010年はもっと下がっていた。

もちろん、個人ベースでは加齢とともに給料はあがっているのかもしれない。しかし、その上がり幅は、少なくとも自分らの先輩と比べても少なく、高度経済成長期に信じられた「10年後、20年後にはこれだけの稼ぎがあるはず」という安心は失われてしまった。

何より、平均年収がさがっているにもかかわらず、ステルスで社保料の絶対額はチマチマと知らぬ間にあげられ、手取りはもっと下がっている事だろう。この間に、消費税もあがっている。生活のために、パートで働く妻が増加するのも当然だろう。

政府は「夫婦の共働きが増えた」などと呑気なことを言っているが、実際、フルタイムで働く妻の割合は1980年代とほぼ3割で変わっていない(参照→「夫婦二馬力で稼げばいい」と言うが…。専業主婦夫婦が減っている分だけ婚姻数が減っているという事実)。

要するに、夫の稼ぎだけではどうにもならないようになったがゆえの、パート勤務を余儀なくされているわけである。

写真:アフロ

以前、10代の若者たちが将来への夢も希望もないという話を書いた(参照→「出世もお金も結婚も子を持つことすら無理だ」という若者たちの未来予想図)。

それもそのはずである。

自分の親たちが日々の家計のやりくりに苦労している様を見て、場合によっては経済的理由によって夫婦仲や親子仲に亀裂が生まれている可能性もあるだろう。大学の学費を親に頼ることもできず、貸与奨学金を自分で借りて、そのあげく、就職してからも自らの生活を圧迫してしまう若者もいるだろう。

一部のそんな心配のいらない裕福な上級国民をのぞけば、人口の多い中間層の親世代も子世代もみんな抱えているのは「お金の問題」なのではないだろうか。

今、求められていることは?

当初、「異次元の少子化対策」での児童手当の拡充などに歓喜した子育て世代も、冒頭に書いた通り、どうやら「いったんもらってもそれ以上に召し上げられる」という「まやかしの分配」構造が徐々にわかってきたことだろう。

子育て支援は否定しないが、それで出生が増えることはないと繰り返しこの連載でも書いてきている(参照→「異次元の少子化対策」を検証する~子育て支援は出生率に影響するのか?)が、今必要なのは、「今年より来年はよくなる」と信じられる実態ではないだろうか。

毎年、給料があがっても手取りが減る。なんとか手当を支給されても、年間通したら所得が減らされている。そんなことの繰り返しでは、学習性無力感により、もはや何も行動する気力すら失われてしまう。

学習性無力感とは、長期にわたって回避が困難な状況下に置かれると、その状況から「何をしても無駄だ」ということを学習し、何か行動しようとする気持ちを失ってしまうことである。何より、これからの未来を担うべき子どもたちが敏感にその空気を感じ取ってしまうだろう。

写真:イメージマート

「異次元の…」などという下手なうたい文句などはいらない。

地に足の着いた、実行可能かつ今目の前にある多くの中間層が苦しむ可処分所得の減少について、まず解決できるような経済政策こそが必要なのではないか。

結果的に、それが若者の婚姻の後押し、夫婦の子育ての支援につながっていくだろう。そもそも、岸田政権が最初にかかげた「令和版所得倍増計画」は一体どこに行ったのだろう?

繰り返すが、召し上げるために配るようなまやかし、どこかの中間業者の利権のために税金を使うような政策はいい加減やめていただきたいものである。

関連記事

子どもや若者たち自身に「将来、子どもなんて欲しくない」と思わせてしまう国に未来はあるのか?

実質賃金が下がれば婚姻数は減る~少子化は「失われた30年」の経済問題を放置した報い

若者の結婚を邪魔する「奨学金返済」という大きな壁と浅はかな「自信の政策」

-

※記事内グラフの商用無断転載は固くお断りします。

※記事の引用は歓迎しますが、著者名と出典記載(当記事URLなど)をお願いします。

独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

荒川和久の最近の記事