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イスラエルによる駐シリア・イラン大使館爆撃に対するシリア軍のささやかな抵抗

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria TV、2024年4月4日

イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館を爆撃して4日が経った。

アリ・ハーメネイー最高指導者らイランの指導部がイスラエルへの報復を示唆するなか、イラン、同国が支援する「イランの民兵」、あるいは「抵抗枢軸」には今のところ目立った動きは見られない。

レバノンのヒズブッラーによるイスラエル北部への攻撃、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称フーシー派)による紅海での米軍艦船や商船を標的とした攻撃は続いてはいる。だが、イラン大使館爆撃への報復として位置づけられるような(あるいはそう公言されるような)大規模な攻撃はいまだに行われていない。

2月5日を最後にシリアやイラク領内にある米軍基地への攻撃を控えるようになったイラク・イスラーム抵抗も、イスラエル本土、あるいはイスラエルが占領するゴラン高原にある軍施設や「重要標的」への無人航空機(ドローン)攻撃を徐々に激化させている。だが、この傾向は3月末に本格化したもので、4月1日の爆撃を契機にしたものではない。

米軍に対峙するシリア軍

イラン、あるいは「抵抗枢軸」がイスラエルとその最大の支援国である米国に対してどのような対抗措置をとるのかは引き続き注視していく必要がある。その一方、きわめてささやかではあるものの、4月1日のイラン大使館爆撃への対抗措置と見られる動きが確認された。

対抗措置と見られる動きに出たのはシリア軍だった。

シリア軍は4月4日、北東部ハサカ県のカーミシュリー市近郊のハームー村の検問所に駐留する部隊が、村を通過しようとした米軍の装甲車4輌の進行を阻止した。ヘリコプター2機の護衛を受けて、シリア領内を西に向かっていた米軍部隊は退却を余儀なくされた。

違法駐留を続ける米軍

米軍は2014年9月、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、有志連合を率いてシリアでの爆撃を開始した。また、2015年10月頃から、地上部隊をシリア領内に派遣し、イスラーム国と戦うクルド民族主義組織で、トルコが「分離主義テロリスト」とみなす民主統一党(PYD)を全面支援するようになった。

シリア領内での軍事行動は、シリア政府を含むシリアのいかなる政治主体の承認も得てなければ、国連安保理の決議に基づいてもいない。米国は2021年現在、シリア領内の27ヵ所の基地を設置している。だが、この無許可の駐留は、シリアの国内法においても、国際法においても違法行為である(「シリアにおける米国の軍事介入と部隊駐留の変遷(2011~2021年)」を参照)。

米国は、イスラーム国が支配地域を失って以降も、「その再生を阻止する」、「シリアの油田を防衛する」といった口実で違法駐留を続け、シリア領内に我が物顔で居座っている。

米軍基地(2021年)(筆者作成)
米軍基地(2021年)(筆者作成)

米軍の駐留は、シリア政府、ロシア、中国などによってこれまでにもたびたび非難され、撤退が求められてきた。これに対して、ドナルド・トランプ政権によって2度にわたって撤退が模索されたが、シリア北部・東部におけるイランの勢力増長を懸念する国防総省などの反発によって、それが実現することはなかった。

こうしたなか、シリア軍と住民は、2021年から2022年にかけて、頻繁に米軍の通行を阻止するなどして、抗議の意思を示してきた。だが、2023年に入ると、こうした行動は一気に減少した。ハマース・イスラエル衝突が発生した2023年10月7日以降では、2023年12月16日と2024年1月6日にハサカ県のカブール・カラージナ村とターシュ・ハワース村で2回行われただけだった。

誰が報復しているのか?

仮にシリア軍による抵抗がより強硬なものだったとしたら、米国は「自衛権の行使」、「米国民を保護する」と主張し、その何倍もの報復を行っていたことだろう。シリアの国力、そして国際社会における地位を踏まえると、シリアに公然とできることと言えば、これくらいの抵抗しかない。

そして、それは、そのささやかさゆえに、ほとんど注目されずに忘れ去られていくことになるのだろう。だが、シリアの公然、あるいは非公然の行動が米国の逆鱗に触れ、シリアが米国の報復に晒されるようなことがあった場合、改めて想起すべきは、米国(あるいはイスラエル)がシリアに対して報復しているのではなく、シリアが米国に対して報復しているということだ。

暴力の応酬のなかでは、こうした水掛け論には意味がない。だが、紛争当事者にはそれぞれの正義があることを知ろうとしなければ、紛争は激化するだけだ。紛争解決に向けた取り組みとは、紛争が正義と正義のせめぎ合いであることを理解すると同義なのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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