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イドリブ市での「シリア革命」13周年大規模記念集会はシリアのアル=カーイダが仕組んだ「官製デモ」

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2024年3月17日

シリア北西部イドリブ市のサブア・バフラート広場で2024年3月15日、シリア革命開始13周年を記念する大規模集会が開かれた。

市民メディア活動家として2010年代半ばには日本でもたびたび紹介されたことのあるハーディ・アブドゥッラー(ハディ・アブドラ)はこの日、自身のX(旧ツイッター)のアカウントで、声を荒らげ、次のように体制打倒に向けた革命継続の必要を訴えた。

13年にわたる抑圧、爆撃、強制移住を経ても、人々はこう言い続ける。私たちはまだ生きているし、死んでいない。私たちはシリアが自由になるまで続ける…世界中がそれを望まないとしても。

違和感

しかし、映像の37秒辺りからアブドゥッラーの左後ろに映ったロゴは、違和感を覚えるものだった。

映し出されたロゴの中心には、緑色に塗られたシリアの地図、そしてその前面に「13」という数字とアラビア語で「シリア革命13周年」、上には「革命旗」(委任統治領シリアの国旗)とそれを振る人、右下には「革命はすべてのシリア人のために」というスローガン、さらにその下には英語で「Syrian Revolution」という文字が配されていた。

違和感の理由は、3月12日にイドリブ県内で「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーが、北西部の行政を担うシリア救国内閣、立法を担うシューラー総評議会の幹部らとの会合が開かれた会場に掲げられていたロゴと同じものだったからだ。

Enab Baladi、2024年3月15日
Enab Baladi、2024年3月15日

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きっかけはスワイダー市でのデモ

このロゴはどのような経緯で作られたのか?

SNSのポストを確認したところ、ハーリド・ムハンマド・シュマイティーを名乗る活動家が3月4日に、Xのアカウントで次のようなポストをしていたことを発見した。

革命13周年の行事に参加する革命活動家らは
投票を経て、またこれに先立ちダルアー、スワイダー、ジャズィーラ(ユーフラテス川東岸地域)の革命家らを含むシリア国内、さらには強制移住先国での行事や活動のための統一ハッシュタグとロゴを作成した。ここにこの「シリア革命」13周年において承認されたロゴを発表する
#革命はすべてのシリア人のために

このポストと前後して、SNS上にロゴが拡散されていった。

一方、ハッシュタグ「#革命はすべてのシリア人のために」は、「#RevolutionForAllSyrian」という英語のハッシュタグが2012年頃からしばしば使われていたようだ。だが、アラビア語のハッシュタグ「#ثورة_لكل_السوريين」は、政府の支配下にあるスワイダー県のスワイダー市サイル広場(反体制活動家が言うところのカラーマ(尊厳)広場)などで2023年8月17日に始まり、今も連日続けられている反体制デモについてのポストで頻繁に使われるようになった。

Xでは「#革命はすべてのシリア人のために」と称するアカウントがこの頃に立ち上げられ、2023年8月29日にアカウントがスワイダー市でのデモについてのリポストで、このハッシュタグを初めて記載した。

Twitter (@RevolutionSYR23)、2023年8月29日
Twitter (@RevolutionSYR23)、2023年8月29日

「#革命はすべてのシリア人のために」を名乗るアカウントの管理人は定かではない。だが、8月29日から9月12日にかけて、スワイダー県住民が運営しているニュース・サイトのスワイダー24のポストを主にリポストをした後、2024年3月16日まで活動を休止していたことを踏まえると、スワイダー市などでのデモの参加者ではなく、同地でのデモがメディアにおいて大きく取り上げられた初期の段階において(のみ)共鳴していた部外者が運営者だと考えるのが妥当だろう。

乗っ取られるロゴとハッシュタグ

「#革命はすべてのシリア人のために」というハッシュタグは、2024年2月27日から、スワイダー市のデモ以外についてのポストにも記入されるようになった。

例えば、この日、ウサーマ・シャーミーを名乗る活動家が、3月9日のドイツのエッセン市での「シリア革命」13周年の集会への参加が呼びかけられた際にこのハッシュタグを使用した。

だが、このハッシュタグをもっとも頻繁に使っていったのは、シャーム解放機構とつながりがある組織だった。

シリア救国内閣とともにシリア北西部の統治を担う政治問題局は、2月27日に2度、3月14日に1度、Xのアカウントで戦死した反体制武装組織諸派の司令官の言葉を紹介するポストに、このハッシュタグを付した。

また、3月1日には、シャーム解放戦線とともに武装連合体の「決戦」作戦司令室を主導する国民解放戦線(シリア国民軍)を構成する第13師団、シャームの鷹旅団、第1軍団、北の鷹旅団の司令官らがイドリブ県革命総評議会の名で開催した会合を紹介するポストにおいて、このハッシュタグが付記された。

このようにしてハッシュタグの主な担い手が、スワイダー県の活動家からシリア北西部の活動家、とりわけシャーム解放機構や国民解放戦線といった武装組織へと移るなか、冒頭で紹介したロゴが一斉に拡散された。

認知バイアスに陥る支持者

そして3月10日には、15日のデモ実施に向けてイドリブ市サブア・バフラート広場の整備を行うEクリーンが、12日には北西部で活動するシャーム通信社が、14日にはシリア北西部の地方自治を担っていると目される解放区局が、SNSを通じてロゴとハッシュタグを拡散していった。

また3月12日には、冒頭で紹介したジャウラーニー、シリア救国内閣、シューラー総評議会の幹部らによる会合の会場にロゴとハッシュタグが掲げられた。

スワイダー県で始まった純然たる平和的な反体制運動が、テロリストに乗っ取られたハイジャックされたと言っても過言ではなかった。

そして、3月15日(金曜日)、「シリア革命」13周年を記念する大規模集会が、午後の集団礼拝後にイドリブ市のサブア・バフラート広場で開催され、体制打倒、革命継続が改めて訴えられた。

その光景に対して、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」に共感するシリア国内外の多くのSNSユーザーは称賛と支持の声を上げた。だが、彼らは、何が起きていたかを知らないまま、あるいは知らないふりをしたまま、記念行事を絶賛していた。

彼らの多くは、2時間あまりにわたって続いた集会の一部始終をSNSやYouTubeを通じて視聴していた訳ではなく、おそらくはSNS上で自身と同じ志向を持った友人や知人がポストする写真やメッセージに共鳴することで、認知バイアスに陥り、自己満足に浸っていただけだからだ。

シャーム解放機構は「官製デモ」

しかし、イドリブ市サブア・バフラート広場での大規模集会が、「シリア革命」の精神を体現する場であるという先入観に支配された「エコーチェンバー」(反響室)の外に身を置き、何が行われていたのかに冷静に目を向けると、そこには「シリア革命」という体制打倒運動をハイジャックしたテロリストの存在に気づかないはずない。

例えば、アフマド・シブリーを名乗る独立メディア活動家が3月15日の午前12時5分、すなわち集会が始まる2時間ほど前の様子をXのアカウントにアップしているが、そこには、シャーム解放機構の治安警察部隊である総合治安機関の部隊が会場入りする様子が映し出されていた。

また、ラドワーン・ムハンマド・アール・シャフワーン・ターイーを名乗る活動家は3月15日午後6時46分、「決戦」作戦司令室の司令官が演壇で演説する様子を近くから撮影した映像をXのアカウントを通じて公開した。

さらに、メディア活動家集団のクリエイティブ・シリアンズは3月18日の午後3時33分、3時42分、3時45分、4時10分、4時39分、シャーム解放機構の精鋭部隊であるアサーイブ・ハムラー(赤鉢巻)部隊のメンバーが登壇し、演説を行う様子や、ハムラー部隊のシンボルである赤い鉢巻きを巻いて会場を移動する総合治安機関のメンバー、シャーム解放機構や総合治安機関の旗を振る参加者の映像や写真をXのアカウントで公開した。

折しもシリア北西部では、2月末から、シャーム解放機構の支配に抗議するデモが続けられており、3月15日にも、イドリブ市の時計広場で、ジャウラーニーの打倒、不義、専制、意思決定独占の停止などを訴え、「犯罪者アサド、犯罪者ジャウラーニーの打倒」を訴えるプラカードを掲げ、シュプレヒコールを連呼した。

デモは、イドリブ市の時計広場だけでなく、ビンニシュ市、マアッラトミスリーン市、ダイル・ハッサーン村、アリーハー市、アレッポ県のダーラト・イッザ市、アターリブ市、タフタナーズ市、バービカ村などでも実施され、その動きは今も続いている。

Telegram (@ALMHARAR)、2024年3月15日
Telegram (@ALMHARAR)、2024年3月15日

これに対して、SNS上でもっとも注目を浴びた3月15日のイドリブ市サブア・バフラート広場での大規模集会は、「解放区」という「疑似国家」の統治者であるシャーム解放機構が仕組んだものに過ぎなかった。こうした言わば「官制デモ」を、自由と尊厳に向けた「シリア革命」の一部だとして、称賛の声を送ることは、「シリア革命」をハイジャックし、住民を蹂躙するシャーム解放機構の振る舞いと何ら変わりない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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