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シリア領空でのロシアと米国の挑発合戦が誘発する代理戦争の「主体者」と「代理者」の爆撃

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2023年7月19日

シリア領空でロシアと米国の挑発合戦が続いている。だが、実際に爆撃に踏み切ったのは、シリア内戦の名で知られる大国の「代理戦争」(proxy)におけるロシア以外の「主体者」(principal)と「代理者」(proxy)だった。

米国の合意違反を非難するロシア

ロシアは今年6月末から、米国が2015年10月にシリア領空での両国の偶発的衝突を回避するために結ばれた「非紛争地帯」(de-confliction zone)にかかる合意への違反を増加させているとの非難を強めるようになった。

この合意は、ユーフラテス川以東地域と、米国が主導する有志連合が占領しているヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)を「非紛争地帯」に設置、同地上空のロシア軍の飛行を制限するとともに、55キロ地帯を除くユーフラテス川以西地域への米軍(および有志連合)の飛行を規制することを定めたものだ。ロシアは、米国がこの合意を無視して、ロシアが制空権を握る地域を米軍機が領空侵犯していると主張するようになったのだ。

ラタキア県のフマイミーム基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・グリノフ副センター長が連日行う記者会見で発表したところによると、米軍の違反は6月の1ヵ月間だけで315件、7月に入ってからも、3日に14件、4日9件、5日に複数件、6日に9件、7日に9件、8日に15件、9日に13件、10日に10件強、12日に10件、13日に23件、14日に5件、15日に14件、16日に15件、17日に14件、18日に20件が確認されているという。

なお、ロシア軍はこの間の7月5日から10日にかけて、シリア軍と合同軍事演習を実施した。この演習は、イスラエルと米軍(有志連合)の爆撃に対処し、航空、兵力、防空・電子戦の手段の共同行動の問題を解決することを目的としていた。

反論する米国

一方、米国もロシアが「非紛争地帯」にかかる合意への違反を続けていると反論した。CENTCOMのマイケル・クリラ司令官(陸軍大将)は7月6日と7日にロシア軍がシリア上空で危険かつプロ意識を欠いた行動を続け、合意に定期的に違反し、事態悪化や不測の事態が発生するリスクが高まっているなどと表明した。また、7月7日には無人航空機(ドローン)でシリア北部アレッポ県のバーブ市近郊を爆撃、CENTCOMはこれによって、イスラーム国のリーダーの1人ウサーマ・ムハージルを殺害したと発表した。

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また、米空軍は7月9日夜、イスラエル空軍と「ジュニパー・オーク」と名付けた合同軍事演習を開始した。イスラエルが占領するシリア領ゴラン高原上空で実施された演習は、精密爆撃、宇宙における制空権の獲得、サイバー攻撃への対応などが検討された。

一方、AP通信は7月15日、米国防総省の匿名高官が、米国がシリア領空で激しさを増しているロシアの「侵犯行為」に対処するため、多くの軍事的な選択肢を検討していると述べたと伝えた。同高官は、選択肢の詳細については明らかにしなかったが、米国はシリアにおいて掌握しているいかなる領土も譲歩せず、イスラーム国に対する「テロとの戦い」にかかる同国西部での飛行を継続させると付言した。

同通信社は7月18日にも、米当局者らの話として、ロシア軍のSu-35戦闘機1機がシリア領空で米軍のMC-12偵察機に急接近し、米軍機が乱気流のなかでの航行を余儀なくされ、乗組員4人が命の危険にさらされていたと伝えた。

シリア軍ドローンの攻撃

だが、ロシア軍と米軍の間で緊張が高まるなか、攻撃に踏み切ったのは両軍ではなかった。

最初に爆撃を行ったのはシリアだった。

反体制系メディアのイナブ・バラディーやドゥラル・シャーミーヤなどによると、シリア軍は7月10日と12日、ダルアー県のタファス市にあるムハンマド・バディーウィー・ズウビーなる人物の自宅をドローンで爆撃した。この人物は、2022年8月25日にヤードゥーダ村に至る街道で暗殺された元反体制武装集団司令官のハルドゥーン・ズウビーの兄弟で、爆撃は、同地での指名手配者の捜索・摘発作戦の一環だった。

トルコ軍ドローンの攻撃

続いて爆撃を行ったのはトルコだった。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、トルコ軍は7月16日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同支配下にあるマンビジュ市近郊のハサン・アーガー村近くを通るティシュリーン・ダム街道を走行中のシリア民主軍の軍用車をドローンで攻撃し、民間人1人を負傷させた。北・東シリア自治局とは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)が主導する自治政体、シリア民主軍はこのPYDの民兵にあたる人民防衛隊(YPG)を主体とする武装連合体である。

イスラエル軍の爆撃

トルコの次に爆撃を行ったのは、イスラエルだった。

シリア国防省やロシア当事者和解調整センターによると、イスラエル空軍所属のF-16戦闘機2機が7月19日午前0時25分頃、占領下のゴラン高原上空から首都ダマスカス近郊の貯蔵施設などの複数ヵ所を狙って多数のミサイルを発射、これによって兵士2人が負傷、若干の物的被害が出た。

シリア人権監視団によると、爆撃は、シリア軍第4師団所属部隊が展開し、レバノンのヒズブッラーの貯蔵施設が点在し、イラン製ドローンの組み立てが行われているとされるダマスカス郊外県のディーマース航空基地、サブーラ町近郊に対して行われ、複数箇所で爆発や火災が発生し、シリア軍兵士1人が死亡、4人が負傷したという。これに関して、ドゥラル・シャーミーヤは、死亡したのがヒクマト・アスアド・ウライシャという名のシリア軍兵士だと伝えた。

また、イスラエルのアルマー研究教育センターは、イスラエル軍が「イランの回廊の一部」を通じて輸送された武器や装備、迎撃を行った対空ミサイル砲台を狙う一方、シリア軍防空部隊が発射した地対空ミサイル1発がクドスィーヤー市・サブーラ町間に着弾したとの見方を示した。

狙われるロシア軍基地

イスラエルの次は、反体制派が爆撃を行った。

7月19日、シリア駐留ロシア軍の司令部が設置されているラタキア県のフマイミーム航空基地近郊で複数回にわたって爆発が発生した。

シリア政府寄りのシャームFMは、この爆音がシリア軍の演習によるものだと伝えた。だがほどなく、それがドローンの攻撃によるものだということが明らかになった。

フェイスブック・アカウントのシリア24は、ドローンを迎撃しようとしたアーティフ・カウズィー中佐が妻とともに負傷し、ジャブラ市にある国立病院で治療を受けていると発表、カウズィー中佐の写真を掲載した。

Facebook(@profile.php?id=100084703038719)、2023年7月19日
Facebook(@profile.php?id=100084703038719)、2023年7月19日

また、日刊紙『サウラ』の記者マーズィン・ドゥワイリーはフェイスブックでドローン1機とミサイル1発がフマイミーム村に墜落・着弾し、救急車が負傷者を搬送したと綴った。

一方、シリア人権監視団は、着弾したミサイルに関して、ロシア軍の迎撃によるもので、同地一帯には砲弾やミサイルの残骸や破片が落下したと発表した。

フマイミーム村を爆撃したドローンの所属は不明だ。だが、攻撃は、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織で、シリア北東部の反体制派を主導し、同地の軍事・治安権限を掌握しているシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)によるものだと見られる。

報復するシリア軍

そして、このシャーム解放機構によると見られる爆撃を受けて、シリア軍が報復を行った。

シリア国防省は7月19日に声明を出し、シリア軍部隊がイドリブ県の農村地帯で「武装テロ集団」が使用していた122ミリ砲の砲台1ヵ所を破壊、またアレッポ県の農村地帯でも、爆発物が装着され、民間人や民間施設を攻撃しようとしていたドローン3機を撃墜したと発表し、標的が破壊される映像、破壊されたドローンの写真を公開した。

攻撃を実施した部隊の詳細は明らかにされなかったが、映像から、それが航空機による爆撃であることが確認できた。

SANA、2023年7月19日
SANA、2023年7月19日

シリア領空でのロシアと米国の挑発合戦が誘発している「代理戦争」の「主体者」と「代理者」による爆撃は一過性の現象と見られる。だが、一連の動きは、シリア内戦と呼ばれる紛争が、「内戦」という呼称に相反して、同国の混乱が「部外者」によって誘発されていることを再認識させる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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