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米軍所属と見られるドローンがロシア・シリア合同軍事演習を出し抜くかのようにトルコ占領下のシリアを爆撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

シリアで7月7日、所属不明の無人航空機(ドローン)が爆撃を実施した。

トルコ占領地でのドローン攻撃で2人死傷

シリアのアル=カーイダと目される国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)と協力関係にあるホワイト・ヘルメットによると、ドローンはシリア北部アレッポ県のバーブ市とその西に位置するバザーア村を結ぶ街道を走行中のオートバイを狙って爆撃を行い、これによって乗っていた男性1人が死亡、民間人1人が負傷した。

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

Syria TV (トルコ)、2023年7月7日
Syria TV (トルコ)、2023年7月7日

爆撃が行われたのは、トルコが2017年以降占領下に置いている「ユーフラテスの盾」と呼ばれる地域。

筆者作成。
筆者作成。

トルコはこの「ユーフラテスの盾」地域の各所に基地や陣地を設置する一方、TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られるシリア国民軍諸派に軍事・治安任務をアウトソーシングして、実効支配を行っている。

だが、その制空権は、シリア領空での偶発的衝突を回避するために米国とロシアと2015年10月に交わした合意に従うと、ロシアに与えられていることになっている。この合意は、ユーフラテス川以東地域と、米国が主導する有志連合が占領しているヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)を「非紛争地帯」(de-confliction zone)に設置、同地上空のロシア軍の飛行を制限するとともに、55キロ地帯を除くユーフラテス川以西地域への米軍(および有志連合)の飛行を規制することが定められた。

爆撃を行ったのは米軍との見方が濃厚

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、爆撃が有志連合、すなわち米軍によるものと見られると発表した。また、トルコを拠点とする反体制系サイトのイナブ・バラディーも、シリア領空を監視する反体制活動家の第80監視団(アブー・アミーン)が有志連合の航空機2機が7月7日の午後4時11分に爆撃を実施したと発表したと伝えた(ただし、第80監視団のツイッターのアカウント、テレグラムのアカウントにそうした書き込みはない)。

また、イナブ・バラディーによると、現場ではミサイル4発の残骸が確認されたという。

同サイトが目撃者の話として伝えたところによると、殺害されたのはハサカ県ハサカ市出身のハマーム・アブー・アナスを名乗る男性。また、負傷したのは、バザーア村出身のアドナーン・ドゥライイーなる人物だという。

異例ではない米軍の爆撃

米軍(有志連合)はこれまでにも、ロシアが制空権を握る地域やトルコの占領地(あるいはトルコの影響下に置かれている地域を、イスラーム国、あるいはアル=カーイダ系組織に対する「テロとの戦い」だとして、ドローンで爆撃してきた。

もっとも最近では、5月3日にシャーム解放機構の支配下にあり、トルコ軍が停戦監視を名目に展開しているイドリブ県に対してドローンによるミサイル攻撃を行い、1人を殺害した。

米中央軍(CENTCOM)はアル=カーイダの幹部指導者1人を殺害したと発表した。だが、実際には誤爆で、死亡したのは60歳の羊飼いの男性だった。

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だが、今回のドローン攻撃には、「テロとの戦い」とは別のメッセージが込められている。そして、それがロシアに対して向けられていることは明らかである。

ロシア・シリア合同軍事演習

シリアに駐留するロシア軍は7月5日から6日間の日程で、シリア軍との合同軍事演習を開始していた。ラタキア県のフマイミーム基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・グリノフ副センター長が7月4日に発表したところによると、演習では、爆撃に対処するため、航空、兵力、防空・電子戦の手段の共同行動の問題を解決することを目的としていた。ここでいう爆撃とは、イスラエルと米軍(有志連合)による爆撃を想定していた。

シリア人権監視団などによると、演習はアレッポ県北部で行われ、ロシア軍は、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域内に位置するバーブ市一帯、バザーア村一帯に演習用の燃料気化爆弾を投下、ミサイルを発射し、燃料気化爆弾の着弾地では火災が発生していた。

これと並行して、ロシア軍がこの合同演習に関連して米軍(有志連合)が「非紛争地帯」にかかる合意への違反を常態化させていると非難した。ロシア当事者和解調整センターのグリノフ副センター長は、米軍は6月の1ヵ月間だけで315件の違反を犯し、7月に入ってからも、3日に14回、4日9回、5日に複数回、6日に9回、7日に9回の違反を確認したと連日発表した。

前述の第80監視団(アブー・アミーン)も、合意に違反する米軍のドローンやこれに対処するロシア軍戦闘機の映像や写真を公開・転載した。

米国の反論と挑発

これに対して、米国もロシア側が「非紛争地帯」にかかる合意への違反を続けていると反論した。CENTCOMのマイケル・クリラ司令官(陸軍大将)は7月6日と7日にロシア軍がシリア上空で危険かつプロ意識を欠いた行動を続け、合意に定期的に違反し、事態悪化や不測の事態が発生するリスクが高まっているなどと表明し、米空軍は、合意に違反するロシア軍戦闘機の映像を公開した。

米軍はまた、こうした警告に先立って、占領地で軍事演習を行い、ロシアを挑発した。有志連合は7月1日から4日にかけて連日声明を出し、ハサカ県、ザイル・ザウル県、55キロ地帯で軍事演習を行うと発表、7月4日には、55キロ地帯で活動する反体制武装集団のシリア自由軍(旧革命特殊任務軍)と同地で実弾を使用した合同演習を数日間の日程で開始した。

今回のドローン攻撃は、「非紛争地帯」にかかる合意への米国側の違反であることは言うまでもない。だが、ロシア軍もまたこの合意にしばしば違反するような飛行や爆撃を行っており、両国の非難合戦を取り上げることそのものにはあまり意味はない。

より重要なのは、今回のドローン攻撃の性格である。シリア人権監視団によると、爆撃を受けて、軍服を着た武装グループ(シリア国民軍の部隊、あるいは憲兵隊と見られる)が、バザーア村にあるハマーム・アブー・アナス氏の自宅を捜索し、そこで通信機器やパソコンが発見されたという。

ハマーム・アブー・アナス氏は、イスラーム国、あるいはアル=カーイダ系組織のメンバーなのか否かは今のところ明らかではない。だが、仮にそうであるとした場合、米国がロシアが制空権を有し、トルコの占領下にある地域を、ロシア(そしてトルコ)を出し抜くかたちで爆撃すること、そしてトルコ(そしてロシア)がテロリストの潜伏を許していたことは、国際社会が一致団結して対処すべきはずの「テロとの戦い」の機能不全と非効率性を示している。

あるいは、殺害されたハマーム・アブー・アナス氏がテロリストでなかった場合、つまりそれが民間人に対する誤爆であった場合、ロシアと米国のシリアでの小競り合いによって、またしても不要な犠牲が生じたことを意味している。

追記(2023年7月10日)

CENTCOMは9日に声明を出し、今回のドローン攻撃で、シリア東部で活動するイスラーム国のリーダーの1人ウサーマ・ムハージルを殺害したと発表した。

声明によると、爆撃はロシア軍機に遭遇し、約2時間にわたって嫌がらせを受けたMQ-9が実施し、市民の死者はなく、負傷者が出たとの情報もないという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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