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シリアでのイスラーム国指導者殺害をめぐる米国の発表は「不正確さ」を超えた「でたらめ」

青山弘之東京外国語大学 教授
アブー・ハサン・ハーシミー・クラシー(ANHA、2022年11月30日)

国際テロ組織のイスラーム国(ISIS、ISIL、あるいはダーイシュ)のアブー・ウマル・ムハージル報道官は11月30日、テレグラムのアカウントを通じて音声声明を出し、最高指導者(自称カリフ)のアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーが「アッラーの敵との戦い」で死亡し、後任の「カリフ」にアブー・フサイン・フサイニー・クラシーを名乗る人物が就任したと発表した。

「第3代カリフ」

イスラーム国は、イラク・イスラーム国(イラクのアル=カーイダ)を母体とし、フロント組織であるシャームの民のヌスラ戦線のシリアでの活動を通じて勢力を拡大、2014年6月にイラクのモスル制圧に合わせて、今日の組織名であるイスラーム国を名乗るようになった。初代の指導者(初代カリフ)のアブー・バクル・バグダーディーは、2019年10月、米軍が、シャームの民のヌスラ戦線の後身であるシャーム解放機構によって軍事・治安権限が掌握されているシリア北西部のイドリブ県バーリーシャー村の潜伏先を急襲し、殺害したとされている(詳細は『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたか』(東京外国語大学出版会、2021年)を参照されたい)。

アブー・バクル・バグダーディー(Aljazeera、2022年5月27日)
アブー・バクル・バグダーディー(Aljazeera、2022年5月27日)

アブー・バクル・バグダーディーの死を受け、イスラーム国は、アブドゥッラー・カルダーシュ(通称アブー・イブラーヒーム・クラシー)を第2代のカリフに就任させた。だが、アブー・イブラーヒーム・クラシーも、2022年2月に米軍がトルコ占領下のいわゆる「平和の泉」地域のイドリブ県アティマ村近郊で敢行した特殊作戦で殺害された。アブー・ハサン・ハーシミー・クラシーは、このアブー・イブラーヒーム・クラシーの死を受けて第3代のカリフを襲名していた(「イスラーム国はアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーなる人物を新カリフに任命したと発表」を参照)。

アブー・イブラーヒーム・クラシー(Aljazeera、2022年3月10日)
アブー・イブラーヒーム・クラシー(Aljazeera、2022年3月10日)

アブー・ハサン・ハーシミー・クラシーの素性は明らかではなく、その動静もほとんど伝えられなかった。『シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢』のアーカイブを確認しても、その名前が登場したのは「トルコ警察がイスタンブールでダーイシュ三代目指導者のアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーを拘束か?(2022年5月26日)」だけである。

こうしたことは、イスラーム国のメンバーが国際社会からの追跡を逃れて潜伏・活動を続けていることを踏まえると当然のことではある。そして、この情報不足が、イスラーム国に対する「テロとの戦い」をめぐるプロパガンダ発信を可能としている。

CENTCOM報道官発表

米中央軍(CENTCOM)のジョー・ブッチーノ報道官(大佐)は11月30日に声明を出し、アブー・ハサン・ハーシミー・クラシー指導者が今年10月半ばのシリア南部でのダルアー県での「自由シリア軍」によって行われた軍事作戦によって死亡したと見られると発表、イスラーム国が依然として中東地域における脅威だとしつつも、「さらなる打撃」を与えたと主張した。

「自由シリア軍」とは、シリア政府の打倒と体制転換を目指す武装集団の総称だ。だが、統合的な組織体系は存在せず、雑多な武装集団が自らをそう称しているに過ぎず、そのなかには国際テロ組織のアル=カーイダとつながりがある個人や組織、あるいはアル=カーイダの系譜を汲む組織、アル=カーイダの系譜を汲まないまでもイスラーム過激派とみなし得るような組織が多く含まれている。比較的大規模な組織編制を有する武装連合体(シリア国民軍、国民解放戦線)も「自由シリア軍」を名乗ってはいる。だが、これらの組織は、シリア北部におけるトルコの占領地の自治を担っており、「TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army)」などと称されている。

ダルアー県に着目すると、実態のない「自由シリア軍」という呼称が当てはまる組織は、かつては存在した。「シリア革命」発祥の地と呼ばれた同地では、シリア政府に対してもっとも激烈な武装闘争が行われ、そこで活動していた反体制武装集団の多くは「自由シリア軍」を自称していた。

だが、2018年末までにこれらの組織は、シリア政府との和解に応じ、その多くが、ロシアの支援のもとに新たに編制されたシリア軍第5軍団に所属していった。元反体制武装集団の司令官やメンバー、そして親政権の民兵(国防隊の将兵など)を主体とする第5軍団は、シリア南部や南東部でのイスラーム国との戦いに投入されるなどして、現在に至っている。

実はこの第5軍団、とりわけその所属部隊の一つで、元反体制武装集団の司令官やメンバーによって構成される第8旅団(司令官はスンナ青年旅団を名乗っていた武装集団を率い、「カエル」の異名で知られるアフマド・アウダ)は、10月に入ってダルアー市ダルアー・バラド地区、ダム街道地区、ジャースィム市などで、治安当局や地元民兵を支援するかたちで、イスラーム国のスリーパーセルに対する大規模な治安作戦に参加していた。

この作戦では、ジャースィム市のイスラーム国の司令官(アミール)を務めるアブー・アブドゥッラフマーン・イラーキー、ラッカ県の司令官の1人だったアイユーブ・ファーディル・ジャブラーウィー、アイユーブ・ジャッバーウィー(アブー・ムジャーヒド)、アイハム・ファイサル(アイサム・ファイサル)、ラーミー・サルハディー(アブー・ムアーウィヤ・ファーリフ)、ムハンマド・ムサーラマ(ハッフー)、ムアイイド・ハルフーシュ(アブー・タアジャ)といった幹部を含む多数のメンバーを殺害、大量の武器弾薬、爆発物を押収するなどして、「浄化」に成功していた。

シリア政府当局は、ダルアー県でアブー・ハサン・ハーシミー・クラシー指導者を殺害したとは発表していない。だが、ダルアー県では10月にはこの戦闘以外に武力衝突、軍事作戦は行われておらず、ブッチーノCENTCOM報道官が言うところの「ダルアー県での軍事作戦」とは、シリアの治安機関、民兵、そして「自由シリア軍」を自称することを止めた戦闘員を含む第5軍団の治安作戦を指しているものと見られる。

イスラーム国の第3代カリフを「自由シリア軍」が殺害したと言うことで、「テロとの戦い」のイニシアチブが米国を筆頭とする自由主義陣営によって握られているような印象が生まれる。確かに、初代カリフ、第2代カリフの殺害は、シリア領内での米軍の違法な軍事作戦の成果ではあった。だが、今回の第3代カリフ殺害をめぐるCENTCOM報道官の発言は、「不正確さ」を超えた「でたらめ」であり、シリア政府(そしてその背後にいるロシア、イラン)から「テロとの戦い」の成果を盗み取ろうとする行為にさえ見える。

追記(12月3日)

ダルアー県の治安筋は12月2日、ジャースィム市で10月15日にシリア軍と地元民兵が殺害したアブドゥッラフマーン・イラーキーを名乗る人物(通称「サイフ・バグダード」(バグダードの剣))とアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーが同一人物であることを明らかにした。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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