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アメリカ軍がシリア政府の支配地で初の空挺作戦を実施:謎めいた作戦で狙われたのは誰か?

青山弘之東京外国語大学 教授
‘Inab Baladi、2022年10月6日

ウクライナ軍が、米国の軍事援助を背景にロシア軍に対する反転攻勢を強めていると報道されるなか、シリアでも米国が大胆な動きに出た。

シリア政府支配地での米軍による初の空挺作戦

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、トルコを拠点とする反体制系メディアのイナブ・バラディーなどによると、シリア北東部のハサカ県内のシリア政府支配地で、米軍(有志連合)が空挺作戦を実施したのだ。

作戦は10月5日深夜から6日未明にかけて実施され、米軍ヘリコプター複数機が、ロシア軍が駐留し、シリア政府と北・東シリア自治局(米軍の後ろ盾のもとにクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体)が共同・分割統治を行うカーミシュリー市の南17キロの地点に位置し、ムルーク・サラーイ村を強襲し、イスラーム国のメンバーの男性1人を殺害、イラク人男性1人とシリア軍の軍事治安局(ムハーバラート)を支援する民兵の司令官1人、殺害されたイスラーム国メンバーの家族を含む2家族を拘束した。

シリア国内の勢力図と外国軍の駐留状況(筆者作成)
シリア国内の勢力図と外国軍の駐留状況(筆者作成)

イナブ・バラディーが複数の目撃者らの話として伝えたところによると、シリア民主軍(PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とし、米国の支援を受ける武装連合体)が5日深夜にシリア政府支配地に潜入し、ムルーク・サラーイ村を包囲、村内の民家1棟を強襲し、この民家の護衛にあたっていたグループと交戦した。

その後、有志連合のヘリコプターが飛来し、空挺作戦を開始、「アブー・ハイダル」を名乗る人物を殺害し、シリア民主軍と交戦していたグループのその他のメンバーを拘束したという。

シリア人権監視団が複数の地元筋の情報をもとに明らかにしたところによると、殺害されたイスラーム国のメンバーは、投降を拒否して殺害された。また、米軍兵士は作戦実施中、拡声器を通じて住民らに対して自宅に留まり、電気を消すよう呼びかけ、民間人に被害が及ばないよう配慮していたという。

シリア政府の支配地で空挺作戦を実施するのはこれが初めて。

CENTCOM声明

この作戦に関して、米中央軍(CENTCOM)は6日付で声明(第20221006-03号)を出し、米軍ヘリコプター1機が、カーミシュリー市近郊を強襲し、イスラーム国メンバーのラッカーン・ワヒード・シャンマリー容疑者を殺害し、仲間数名を拘束したと発表した。

声明によると、シャンマリー容疑者は、武器の密輸や戦闘員の派遣に関与し、イスラーム国の作戦を支援していた人物で、作戦による米軍の死傷者、民間人の死傷者はなく、米軍装備の被害もなかったという。

謎めいた作戦

シャンマリー容疑者が「アブー・ハイダル」と同一人物かどうかは定かでないが、それ以外にも、この作戦は実に謎めいている。

イナブ・バラディーによると、米軍が強襲したムルーク・サラーイ村には、かつてシリア軍を支援する民兵の一つである国防隊と軍事情報局を支援する民兵の本部が置かれており、殺害されたアブー・ハイダルを名乗る人物は「イランの民兵」とつながりがあったという。

「イランの民兵」とは、シーア派宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘した外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。

米軍は、北・東シリア自治局の支配地はヒムス県南東部のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地域)の各所に基地を設置し、部隊を違法に駐留させている。

駐留は、シリアにおいてイスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うため、イスラーム国の再興を阻止するため、シリア領内の油田地帯を防衛し、イスラーム国の資金源を断つ、といった名目のもとに続けられている。だが、その真の狙いが、イラクに面するシリア東部へのイランの勢力伸長を阻止することであることは誰の目からも明らかである。

このことを念頭に置くと、今回の米軍の空挺作戦は、イスラーム国の撲滅というよりは、むしろ「イランの民兵」、あるいはそれを庇護するシリア軍や親政権民兵を狙ったものだとも考えられる。

殺害されたのは羊飼い?

むろん、これは憶測の域を脱するものではない。だが、シリア政府寄りのシャームFMは、殺害されたのが、イスラーム国とは無関係のこの地域で遊牧を行う羊飼いで、村には一時的に滞在していただけだったと伝えている。

同ラジオによると、米軍ヘリコプターからの機銃掃射で一般の住民2人も負傷したという。

また、ロシアのRIAノーヴォスチ通信も、現地の軍事筋の話として、ムルーク・サラーイ村を強襲した米軍がシリア軍と交戦し、シリア軍の兵士複数が負傷したと伝えている。

同軍事筋は「米国はイスラーム国のメンバーを排除するために強襲したと主張しているが、最終的には一般の羊飼いを殺害し、シリア軍の兵士数人を拉致した」と述べている。

シリア政府による公式の発表はない。反体制系のドゥラル・シャーミーヤは国営のシリア・アラブ通信(SANA)がこの作戦について報じたと伝えたが、それを裏づける記事の配信は確認されていない。

真相は闇に包まれたままだが、シリアでは、外国による主権侵害や軍事活動が日常茶飯事となって久しいことだけは事実で、そのことはウクライナの惨状の比ではない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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