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首脳会談を直前に控えてシリアで「火遊び」に興じるロシアとトルコ:両国の不満の原因は米軍のシリア駐留

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2021年9月26日

ウラジーミル・プーチン大統領とレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の首脳会談を9月29日に控え、ロシアとトルコがシリアで「火遊び」に興じている。

ロシア軍がトルコ占領地を爆撃

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団やクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、ロシア軍は9月25日、トルコの占領下にあるアレッポ県北西部のいわゆる「オリーブの枝」地域の南東部に位置するバースィラ村、バースーファーン村、バッラーダ村一帯を2度にわたって爆撃した。

「オリーブの枝」地域とは、2017年1月から3月にかけてトルコが行った「オリーブの枝」侵攻作戦でトルコが占領下に置いたアレッポ県アフリーン市一帯地域を指す。

狙われたのは、トルコの支援を受け、同国から占領地の軍事・治安活動をアウトソーシングされているシリア国民軍(いわゆる「TFSA」(Turkish-backed Free Syrian Army))の拠点複数カ所。

ロシア軍は8月31日、「オリーブの枝」地域をトルコが占領下に置いて以降初めて、同地南東部のイスカーン(イースカー)村、ジャルマ村にあるシリア国民軍所属のシャーム軍団のキャンプを爆撃し、5人を負傷させていた。9月25日の爆撃はトルコ占領地に対する2度目の爆撃となった。

トルコ占領地に対するロシア軍の爆撃は続いた。ロシア軍戦闘機は9月26日、「オリーブの枝」地域内のバースィラ村に対して1回、バッラーダ村に対して2回、ジャルバラ村・マリーミーン村間に対して1回の爆撃を実施した。

ANHA、2021年9月26日
ANHA、2021年9月26日

ANHAによると、この爆撃により、バッラーダ村とマリーミーン村でシリア国民軍の戦闘員15人が死傷した。一方シリア人権監視団は、爆撃で、シリア国民軍所属のハムザ師団が拠点・教練キャンプとして転用していたバッラーダ村の学校が狙われ、同師団の戦闘員11人が死亡、13人が負傷したと発表した。死亡した戦闘員のほとんどは、ダマスカス郊外県からこの地に退去してきた戦闘員だったという。

トルコ占領地に対するロシア軍の爆撃によって、死者が出たのはこれが初めてだった。

ANHA、2021年9月26日
ANHA、2021年9月26日

続くイドリブ県への爆撃

ロシア軍の爆撃は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構を主体とする反体制派の支配下にあるイドリブ県(およびアレッポ県西部、ラタキア県北東部、ハマー県北西部)の反体制派支配地(反体制派がいうところの「解放区」、ロシア、トルコ、イランが緊張緩和地帯に設置する地域)に対しても続けられた。

この地では、2019年末から進攻を本格化させたシリア・ロシア軍に対して、トルコ軍が2020年2月から3月初めに「春の盾」作戦が敢行、2020年3月10日にロシアとトルコが停戦に合意していた。ロシア軍はこの合意に基づいて実質的に停止していた爆撃を2021年8月19日に再開し、8月20日と米主導の有志連合がフッラース・ディーン機構司令官を狙ってイドリブ県ビンニシュ市近郊をミサイル攻撃した9月20日を除く毎日、同地各所を爆撃するようになった(「ロシア軍がシリアで中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党の拠点を爆撃」を参照)。

9月25日には、シャーム解放機構がトルコの支援を受ける国民解放戦線(シリア国民軍の傘下組織)とともに主導する武装連合体の「決戦」作戦司令室の支配下にあるラタキア県北東部のカッバーナ村一帯に対して2回の爆撃を実施し、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党の司令官1人とシャーム解放機構司令官1人を殺害した。シリア人権監視団によると、2人のうち1人はアルバニア人だという。また、イドリブ県でもイドリブ市郊外のアイン・シーブ村に対して4回、ルワイハ村に対して1回、フーア市に対して5回の爆撃を実施した。さらに、ハマー県北西部のドゥワイル・アクラード村とサルマーニーヤ村に対しても2回の爆撃を実施した。

9月26日には、イドリブ県ザーウィヤ地方のバーラ村を4回にわたって爆撃した。爆撃は、同地にトルコ軍が設置している拠点の近くにも及んだ。

引かないトルコ軍

これに対して、トルコ軍とシリア国民軍は、ロシアの支援を受けるシリア軍、そして米国の軍事的後ろ盾を得つつ、ロシア、シリア政府と戦略的に連携しトルコに対峙するPYDを狙って反抗した。

9月25日のロシア軍による「オリーブの枝」地域への爆撃と前後し、シリア国民軍は、シリア政府と、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の共同統治下にあるタッル・リフアト市近郊のハルバル村一帯で、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍と、スーガーニカ村でシリア軍と交戦した。また、トルコ占領下のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域の中心都市の一つであるバーブ市の南に位置するターディフ市一帯ではトルコ軍がシリア軍と交戦した。一連の戦闘によりスーガーニカ村ではシリア軍兵士4人が負傷した。

「ユーフラテスの盾」地域とは、2016年8月から2017年3月にかけてトルコが行った「ユーフラテスの盾」侵攻作戦でトルコが占領下に空いたアレッポ県ジャラーブルス市一帯、アアザーズ市一帯、バーブ市一帯地域を指す。

また、9月26日のロシア軍による「オリーブの枝」地域への爆撃に対しても、トルコ軍とシリア国民軍は、タッル・リフアト市近郊のマイヤーサ村、スーガーニカ村、クナイティラ村、ブルジュ・カース村一帯、シャフバー・ダム、スムーカ村、バーブ市の東に位置するファワーリス農場を砲撃した。シリア人権監視団によると、この砲撃により、タッル・リフアト市近郊でシリア軍兵士2人が死亡、1人が負傷した。

ANHA、2021年9月26日
ANHA、2021年9月26日

一方、イドリブ県において、トルコ軍は、カフル・ルースィーン村に違法に設置されている国境通行所から半装軌車などからなる部隊をシリア領内に新たに進入させた。増援部隊は、ザーウィヤ地方のバルユーン村の近郊に位置するバルユーン丘や同地のトルコ軍拠点の周辺で新たな陣地を設置し、ロシア軍とシリア軍のさらなる攻撃に備える構えを見せた。

「平和の泉」地域南方に対する激化

トルコ軍は、「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域、イドリブ県だけでなく、「平和の泉」地域の南側に広がるシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治地域に対する攻撃を激化させた。

「平和の泉」地域は、2019年10月にトルコが行った「平和の泉」作戦でトルコが占領下に置いたラッカ県タッル・アブヤド市一帯、ハサカ県ラアス・アイン市一帯地域を指す。

「平和の泉」地域に対するトルコ軍の砲撃は、ロシア軍によるイドリブ県への爆撃再開とほぼ時を同じくして激しさを増し、トルコ軍は時に無人航空機(ドローン)さえも投入して、シリア民主軍の拠点などを狙う一方、シリア民主軍も抵抗を続けていた。

トルコ軍は、北・東シリア自治局の執行評議会本部があるラッカ県アイン・イーサー市一帯、ハサカ県タッル・タムル町近郊のダルダーラ村一帯などに重点的に砲撃を加えているが、9月26日には、ダルダーラ村上空を偵察飛行するロシア軍のヘリコプター複数機を狙って攻撃、ロシア軍ヘリコプターに退却を余儀なくさせた。

ANHA、2021年9月25日
ANHA、2021年9月25日

これに対して、タッル・タムル町一帯に展開するシリア軍が反撃し、同地北部一帯のトルコ軍とシリア国民軍の拠点を砲撃した。タッル・タムル町の拠点へのシリア軍の砲撃は「平和の泉」作戦後では今回が初めてだった。

二つの侵攻作戦の停戦合意がめざす秩序

ロシアとトルコの最近の「火遊び」は、トルコが行った二つの侵攻作戦の結果として構築された秩序に対する、両国の不満を繁栄としている。二つの侵攻作戦とは、「平和の泉」作戦と「春の盾」作戦である。

「平和の泉」作戦において、トルコは2019年10月に米国やロシアとそれぞれ停戦合意を交わし、トルコ国境地帯および「平和の泉」地域の境界地帯からシリア民主軍やYPGを排除させることの確約を受けたはずだった。これらの組織、そしてPYDをクルディスタン労働者党(PKK)と同根の「分離主義テロリスト」とみなすトルコが自国の安全保障を確保することが狙いだった。

この合意に基づき、国境地帯と境界地帯には、シリア軍やロシア軍憲兵隊が展開し、ロシア・トルコ軍による合同パトロールが実施されるようになった。だが、油田防衛とイスラーム国再台頭阻止を口実としてシリア領内に違法に駐留を続ける米国の軍事的後ろ盾を受けるシリア民主軍は、シリア軍、ロシア軍に混在するかたちで残留した。トルコによる砲撃は2年を経ても停戦合意が履行されていないことへの憤りを表している。

一方、「春の盾」作戦において、ロシアとトルコは、「解放区」、ないしは緊張緩和地帯を東西に走るラタキア市とアレッポ市を結ぶM4高速道路の安全を確保し、通行を再開させることを合意していた。ロシアはM4高速道路を再開させることで、シリア政府主導のもとでの復興を加速させたいという思惑があったためだ。

この合意を実現させるために、ロシア軍はトルコ軍とM4高速道路での合同パトロールを実施するなどして準備を進めようとした。だが、トルコ、そしてその支援を受けるシャーム解放機構や国民解放戦線にとって、M4高速道路の再開は容易に受け入れられるものではなかった。なぜなら、M4高速道路をシリア政府側が自由に利用できることなることは、「解放区」が南北に分断され、南側のザーウィヤ山地方が孤立することを意味するからだ。

ロシアとトルコの攻防戦は「オリーブの枝」地域でにわかに激化している。だが、両国の狙いは、「オリーブの枝」地域の秩序再編成ではなく、「平和の泉」作戦と「春の盾」作戦の停戦合意の履行を通じた勢力圏の再編にある。

筆者作成
筆者作成

不満の原因は米軍のシリア駐留

9月29日にロシアの避暑地ソチで予定されているプーチン大統領とエルドアン大統領の首脳会談では、この問題が最大の議題になると報じられている。プーチン大統領はM4高速道路の再開を求めるのに対して、エルドアン大統領は、その見返りとして、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市、タッル・リフアト市、マンビジュ市のいずれかの割譲を求めるとの報道もなされている。

だが、両者の取引を成立させるには、第三の当事者の介在が不可欠である。米国である。なぜなら、シリア北東部に米軍が駐留し、PYDの軍事的後ろ盾になっていることが、「平和の泉」作戦と「春の盾」作戦の停戦合意の履行を阻害しているためだ。

トルコがPYDに対して軍事攻勢を本格化できず、それゆえにロシアとの取引に応じられない理由はここにある。

シリア北東部における米軍の駐留は、アフガニスタンにおける米軍の駐留に似ている。なぜなら、アフガニスタンからの米軍の撤退がターリバーンの政権再掌握を意味していたのと同じように、シリア北東部からの米軍の撤退は、同地へのシリア政府の主権回復、ないしはトルコ軍の侵攻を意味するからである。

トルコのエルドアン大統領は9月26日に放映された米国のCBSニュースのインタビューのなかで、米国がアフガニスタンから撤退したのと同じように、シリアとイラクから撤退することを望んでいると述べた。ロシア、そしてシリア政府は米軍の駐留を再三にわたって求めている。米国の存在がロシアとトルコの不満の原因になっている――これがシリアの現状である。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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