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シリアがイスラエルに攻撃をしかけたのか、イスラエルがシリアに攻撃をしかけたのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2021年4月22日

イスラエルがシリアからミサイル攻撃を受けた――4月22日に各種メディアが一斉に報じた。報道内容に目を通すと、そのほとんどが事実を正しく伝えていることが確認できた。だが、一部には誤解を招くような見出しやリードも散見された。

シリア側発表

シリアというと、内戦、テロ、独裁、化学兵器といったマイナス・イメージが強く、「悪者」として描かれがちである。だが、4月22日のイスラエルへのシリアからの攻撃なるものは、イスラエルからの攻撃が発端だった。

シリアの国営通信社SANA(シリア・アラブ通信)は現地時間で4月22日の午前2時半頃、イスラエル軍戦闘機が領内にミサイル攻撃を行ったと速報で伝えた。

それによると、イスラエル軍は4月22日午前1時38分頃、占領下のゴラン高原上空から首都ダマスカス一帯に向けてミサイル多数を発射、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、そのほとんどを撃破した。だが、この攻撃で、シリア軍兵士4人が負傷した。

イスラエル側発表

シリア側の発表から遅れること約20分(午前2時50分頃)、イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は、シリアから発射された地対空ミサイル1発がイスラエル領空に飛来し、南部のディモナ市南東にあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センターの近くで大音量の爆発が複数回にわたって発生したと発表した。

ツイッターを通じたアドライ報道官の発表は以下の通りである。

速報。防空部隊は、シリアからイスラエル領内に向けて地対空ミサイル1発が発射され、ネゲブ地方に着弾したことを捕捉した。これに対して、我が部隊は、シリアからミサイルを発射した防空ミサイル発射台、さらにはシリア領内の地対空ミサイル発射台複数機を攻撃した。

シリアから発射された地対空ミサイル1発が、目標を逸れて、イスラエルに向かって落下し、イスラエル国内の特定の地域を狙ったものではないという話が出ている。これに対して、我が部隊は、シリアからミサイルを発射した発射台、さらにはシリア領内の地対空ミサイル発射台を砲撃した。

アドライ報道官はまた、午前4時半頃にツイッターで以下の通り発表した。

イスラエル領内に向かって落下するシリアのミサイルに対して迎撃ミサイル1発が実際に発射されたということを明らかにしたい。今のところ、迎撃が成功したかは明らかになっていない。詳細は調査中である。

さらに午前11時頃には以下の通り書き込んだ。

シリアからイスラエルへの地対空ミサイルの発射についての一次調査によると、同ミサイルは迎撃されなかったことが明らかとなっている。

なお、アドライ報道官によると、この爆発による人的、物的被害はなかったという。

検証

情報統制が敷かれていると非難されることが多いシリア側が先にイスラエル軍による越境攻撃を受けたと発表していること。イスラエル側に着弾したのが地対地ミサイルではなく、地対空ミサイルであること。シリア軍が意図的にイスラエル領内を狙って攻撃を仕掛けたのではないことが分かる。

一方、イスラエル軍の攻撃回数については、シリア側の発表によると1度、つまりイスラエル領内に地対空ミサイルが着弾する前となる。だが、イスラエル側の主張を踏まえると、2度、つまりシリア軍による地対空ミサイル発射を誘発した攻撃と、そしてイスラエル領内へのミサイル着弾への報復攻撃が行われたことになる。

一部報道には陰謀論も

ロイター通信やデブカ・ファイルが伝えたところによると、着弾したミサイルはS-200(SA-5)。シモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センターから30キロほど離れた場所に着弾した。

Visual News、2021年4月22日
Visual News、2021年4月22日

着弾したミサイルの残骸(Twitter (@michaelh992)、2021年4月22日)
着弾したミサイルの残骸(Twitter (@michaelh992)、2021年4月22日)

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍の攻撃は、ダマスカス郊外県のドゥマイル市に設置されている防空基地などに及び、シリア軍士官(中尉)1人が死亡、3人が重傷を負った。ロイター通信によると、この地域はイランのプレゼンスが以前から指摘されていたという。

これに関連して、英国のパン・アラブ系サイトのアラビー・ジャディードは、シモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センターへの地対空ミサイル着弾に関して、複数の専門家の意見として、イランがミサイル発射の背後にいるとの「陰謀論」を展開した。同サイトによると、イスラエルにミサイルが着弾したのは、ナタンズの原子力開発施設に対するイスラエルの攻撃への報復なのだという。

なお、イランの原子力当局は4月11日、ナタンズの原子力開発施設が「破壊工作」にあっていると発表する一方、イスラエル公共放送IBAは12日、情報機関筋の話として、イスラエルによるサイバー攻撃の結果だと報じていた。

繰り返されるイスラエルの侵害行為

イスラエルは1967年の第三次中東戦争でシリアのゴラン高原を占領し、1981年に同地を一方的に併合している。だが、国際社会は米国を除いて、この併合を認めていない。

イスラエルは、シリアに「アラブの春」が波及しシリア内戦が勃発すると、シリアへの侵犯行為を頻繁に繰り返すようになった。バッシャール・アサド政権が成立した2000年から2011年にかけて、イスラエルの侵犯行為は4件だった。だが、2011年から2016年までの6年間でその数は15回に増加、2017年になると22回、2018年には24回、2019年には43回、2020年には59回、2021年1月1日から4月21日にかけては9回(2019年以降はイスラエルか有志連合か特定できなかった爆撃も含む)と急増した。

イスラエルの侵犯行為は、2016年末頃までは、シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放機構)を中核とする反体制派の支配下にあったAOS一帯地域へのシリア軍の進攻を阻止するために行われた。だが、2016年12月に反体制派最大の拠点とされたアレッポ市東部地区がシリア軍によって解放されて以降は、イラン…イスラーム革命防衛隊、レバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、アフガン人民兵組織(ファーティミーユーン旅団)などのいわゆる「イランの民兵」のシリアにおける勢力拡大を阻止することに力点が置かれるようになった。

もっとも最近では、2021年1月13日、シリア北東部のダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸一帯に大規模な爆撃を実施、シリア人権監視団などによると、シリア人、イラク人、アフガニスタン人など少なくとも57人が死亡している(「イスラエルがシリア領内の「イランの民兵」を大規模爆撃、50人以上が死亡:米政権末期に繰り返される無謀」「ソレイマーニー司令官暗殺から1年:「イランの民兵」を狙った爆撃・ミサイル攻撃が相次ぐシリア」を参照)。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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