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シリア:通行所をめぐってロシアと政府が連携と対立を繰り広げるなか、反体制派とトルコは再開を否定

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2021年3月25日

シリア政府が通行所を再開

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は3月25日、イドリブ県とアレッポ県の当局が、シリア軍、シリア赤新月社と連携して、政府支配下のサラーキブ市と反体制派支配下のタルナバ村(いずれもイドリブ県)を結ぶM4高速道路上の通行所(回廊)、政府支配地とトルコ占領地を隔てるアブー・ザンディーン村(アレッポ県)に設置されている通行所を再開したと伝えた。

通行所の再開は、前日(24日)のロシア調整センターのカルポヴ・アレキサンデル・ヴァヂモヴィッチ副センター長(海軍少将)の発表を受けたもの(「ロシアは反体制派の支配下にあるシリア北西部の回廊再開を提案し、北部で攻撃を続けるトルコを牽制」を参照)。ヴァヂモヴィッチ副センター長は、首都ダマスカスで開かれた記者会見で、「トルコ軍の支配下にあるシリア領内の地域の困難な人道状況」を踏まえて、サラーキブ市、アブー・ザンディーン村、そしてミーズナーズ村(アレッポ県)の回廊を再開することをトルコ側に提案した、と述べていた。

トルコに新たな難民圧力をかけるのが狙い

背景には、ラッカ県アイン・イーサー市近郊に対するトルコとシリア国民軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian Army)の執拗な攻撃を抑える狙いがあったと見られる。トルコ軍とシリア国民軍が3月19日に、同地でシリア民主軍(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が結成した人民防衛隊(YPG)を主体とする武装部隊)との戦闘を激化させると、ロシアはトルコに停戦の遵守を迫った。だが、トルコ側の対応の変化が見られなかったため、ロシア軍は3月20日から緊張緩和地帯に設置されている反体制派支配下のイドリブ県への爆撃やミサイル攻撃を再開するなどしていた(「シリアでの停戦を監視するはずのロシアとトルコが誘発する暴力の連鎖」を参照)。

通行所の再開は、反体制派支配地で暮らす住民が移動、つまりは避難を余儀なくされるような攻撃をロシア軍が行うという脅しに他ならない。なぜなら、イドリブ県で大規模戦闘が発生すれば、住民の多くが戦火を避けて、政府支配地域ではなく、トルコ国境に向かい、トルコにとって新たな難民圧力となることが予想されるからである。

拒否の姿勢を示す反体制派

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団や複数の反体制系メディアは、通行所の再開に関して、ロシアとトルコが合意したと伝えていた。

だが、反体制派、そしてその支持者はこの報道を強く否定、通行所の再開を拒否する姿勢を示した。例えば、トルコのガジアンテップ市を本拠地とし、トルコの占領下にあるアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部で活動する暫定内閣(シリア国民連合の傘下組織)のアブドゥッラフマーン・ムスタファー首班はツイッターで次のように主張した。

一部の情報サイトやSNSで、解放区(反体制派支配地のこと)と占領地(シリア政府支配地のこと)の間で交差点が開放されたとの不正確なニュースが流れている。だが、我々は、このニュースがまったく真実ではなく、暫定内閣が我らの祝福された革命の原則を決して放棄せず、誇り高き私らの人民の要求から逸脱することは決してないと明言したい。

また、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ市では、抗議デモが組織され、通行所の再開拒否、体制打倒、革命継続が主唱された。

同様のデモは、トルコの占領下にあるアレッポ県アフリーン市近郊のジャンディールス村でも行われた。

ロシアとの合意を否定するトルコ

一方、トルコ外務省高官筋は3月25日、ロンドンに本社があるパン・アラブ系メディアのアラビー・ジャディードに対して、ロシアから通行所再開についての提案を受け、その是非を協議中だが、ロシアとの間でいかなる合意も締結されていないと述べた。

対立するシリア政府とロシア

トルコの攻撃を抑止するために通行所をカードとして連携するシリア政府とロシアだが、シリア民主軍の制圧地の自治を担う北・東シリア自治局の支配地とを結ぶ通行所の運営をめぐってにわかに対立を深めている。

シリア軍は3月22日、ラッカ県タブカ市西に位置する北・東シリア自治局支配下のブーカースィー村と政府支配下のシュアイブ・ズィクル村の間に設置されている通行所と、ラッカ市とハマー県サラミーヤ市を結ぶ幹線道路に設置されている通行所を突如閉鎖し、住民や物資の移動を停止させたのである。

シリア人権監視団によると、通行所封鎖は、シリア軍第4師団(アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将が実質司令官を務める部隊)が、北・東シリア自治局の支配地域で産出される石油を政府支配地域に輸送するタンクローリーの移動の管理方法をめぐって、ロシア軍と対立したことが発端。

ロシア軍はタンクローリーの往来の管理を全面移譲するよう要請したが、第4師団はこれを拒否し、通行所を閉鎖して、抵抗しているという。

北・東シリア自治局の支配地産の原油の流れ

北・東シリア自治局の支配地であるハサカ県、ダイル・ザウル県にはシリア有数の油田地帯があるが、同自治局は原油を精製する大規模施設を持っていない。そのため、シリア政府に近いカーティルジー・グループ社が、北・東シリア自治局の支配地で産出される原油を政府支配地域に搬入して、精製された石油製品を食料物資などとともに北・東シリア自治局の支配地に搬出していた。

なお、北・東シリア自治局の支配地産の原油の一部は、米軍によってイラク領内に違法に持ち出されている。

このように通行所は、分断されたシリア社会の復興(再生)や人々の生活を支えるカギを握っている。そして、それゆえに、紛争当事者の政争の具としての利用が絶えないのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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