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ロシアは反体制派の支配下にあるシリア北西部の回廊再開を提案し、北部で攻撃を続けるトルコを牽制

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2021年3月24日

シリア・ロシア共同記者会見

シリアで停戦監視と難民・国内避難民(IDPs)の帰還支援を行うロシア調整センター(本部:ラタキア県フマイミーム航空基地)のカルポヴ・アレキサンデル・ヴァヂモヴィッチ(Karpov Alexander Vadimovich)副センター長(海軍少将)は3月24日、首都ダマスカスでシリアのフサイン・マフルーフ地方行政環境大臣、ハサン・スライマーン・シリア軍政治局長(少将)と共同記者会見を開き、シリア、ロシア両国が引き続き、シリア政府の支配下に復帰した地域への難民とIDPsの帰還に向けた努力を継続することを確認した。

マフルーフ地方行政環境大臣発言

マフルーフ地方行政環境大臣は会見で、西側諸国が一方的制裁を課し、コロナ禍であるにもかかわらず、カイザー・シリア市民保護法などを通じて医薬品や医療機器の提供を禁じる一方、米国やトルコが領土の一部を占領し、違法行為を続け、さらにはイスラエルの攻撃が続くなかにあって、シリア政府が難民とIDPsの帰還を支援するため必要なあらゆるサービスを提供していると強調した。

また、復興、人道対策、医療支援に注力することで、難民、IDPsの帰還を促そうとしていると付言した。そして、国内の158地域で手工業関連の就業施設約750カ所の復旧を完了し、3万人以上の雇用を新たに創出するとともに、「テロ攻撃」によって被害を受けた住宅に対する補償、道路、下水道、公園の修繕・復旧に向けた復旧計画の策定も順調に進んでいることを明らかにした。

ヴァヂモヴィッチ副センター長発言

続いて、ヴァヂモヴィッチ副センター長は、これまでに2,230,090人の難民・IDPsが避難生活を終えたと発表するとともに、ロシア調整センターが2021年に入ってから100の人道支援を実施したことを明らかにした。

そのうえでこう述べた。

シリア政府の支配下にある地域は、生活を正常に戻すための大規模な活動が行われている。その一方で、イドリブ県の緊張緩和地帯では、劣悪な状況が続き、民間人に対するテロ組織の暴力行為によって人道危機が助長されている。

トルコ軍の支配下にあるシリア領内の地域の困難な人道状況を踏まえて、トルコ側に緊張緩和地帯内のサラーキブ市(イドリブ県)、ミーズナーズ村、アブー・ザンディーン村(以上アレッポ県)の回廊を再開することを提案した。

提案は、3月25日からの回廊を通じた車輌による人道支援物資の配送、避難民の退去という二つのプロセスからなっている。

スライマーン少将発言

最後にスライマーン少将は、米軍がシリア領内に違法に設置した基地への武器装備の供給と「分離主義民兵」への支援を続けるとともに、シリア国内の石油をはじめとする資源を盗奪していると改めて指摘した。

「分離主義民兵」とは、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)、同組織が結成した人民防衛隊(YPG)とこれを主体とするシリア民主軍、そしてシリア民主軍の制圧地で自治を担う北・東シリア自治局のこと。

また、イスラーム国の戦闘員を来たるべき攻撃に備えて再教練していると非難した。

共同記者会見の狙い

共同記者会見は、トルコがシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治(分割統治)下にあるラッカ県アイン・イーサー市近郊に対して執拗な攻撃を続けていることを受けたものである。3月19日にトルコ軍(そしてその支援を受けるシリア国民軍)とシリア民主軍の戦闘が激化すると、ロシアはトルコに停戦の遵守を迫った。だが、トルコ側の対応の変化が見られなかったため、ロシア軍は3月20日から緊張緩和地帯に設置されている反体制派支配下のイドリブ県への爆撃やミサイル攻撃を再開するなどしていた。

回廊再開の提案は、反体制派支配地で暮らす住民が移動、つまりは避難を余儀なくされるような攻撃をロシア軍が行うという脅しに他ならない。この脅しがどの程度真剣なものかはともかく、イドリブ県で大規模戦闘が再開すれば、トルコ、そしてその支援を受けるシャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ)主体の反体制派は劣勢に立たされることは必至である。それだけでなく、戦闘が再開すれば、住民の多くは、ロシアが再開を提案した回廊を通じてシリア政府支配地域に避難するのではなく、トルコ国境に向かい、新たな難民圧力となるだろう。

戦闘が続くラッカ県

こうしたなか、ラッカ県では、シリア国民軍の第1軍団に所属するスルターン・スライマーン師団が声明を出し、アイン・イーサー市近郊のディブス村に潜入し、「分離主義テロ組織PKK(クルディスタン労働者党)/PYD」の拠点複数カ所に対して「特攻自爆(インギマースィー)作戦」を実施し、戦闘員21人以上を殺害、遺体3体と武器を捕獲することに成功したと発表した。

スルターン・スライマーン師団の戦闘員には死傷者はなかったという。

トルコが、ラッカ県での攻撃を停止できるか、シリア国民軍を自制させることができるかに、シリアでの大規模戦闘再開の行方はかかっている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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