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シリアでの停戦を監視するはずのロシアとトルコが誘発する暴力の連鎖

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2021年3月21日

メディアでは、「シリア革命」10周年(3月15日)と銘打って、シリアに焦点を当てた特集やリポートが多く制作された。だが、この間も、現地で発生している新たな暴力の連鎖への関心(そしてそれを報じるだけの余力)は、ほとんどないようである。

暴力の連鎖とは、現下のシリアの混乱を「革命」と位置づけることで強調されるバッシャール・アサド政権やシリア軍による無差別弾圧でも、イスラーム国やアル=カーイダによる残虐行為に端を発するものでもない。シリアでの停戦を保障しているはずのロシアとトルコによって誘発される暴力の応酬だ。

停戦保障国のロシアとトルコ

シリアでは、トルコが2019年10月9日に開始した北東部(ラッカ県、ハサカ県)への侵攻作戦(「平和の泉」作戦)に伴うトルコ軍・シリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)とクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が組織する人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍の戦闘を停止させるため、2019年10月17日と22日にロシア、米国、トルコが停戦合意を交わした。

また、2020年3月5日には、イドリブ県(緊張緩和地帯第1ゾーン)でのトルコ軍・「決戦」作戦司令室とシリア・ロシア軍の戦闘を停止させるため、ロシアとトルコが停戦を合意した。「決戦」作戦司令室とは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)などからなる武装連合体である。

砲撃、爆撃はその後も散発的に続いたが、これによって大規模な戦闘は収束していた。ところが、「シリア革命」10周年を迎えた直後辺りから、再び戦闘がエスカレートしている。

きっかけを作ったトルコ、PYD

戦闘激化のきっかけを作ったのはトルコ、そしてPYDだった。

トルコ軍とシリア国民軍は3月19日、シリア政府と北・東シリア自治局(PYDが主導する自治政体)の共同統治(分割統治)下にあるラッカ県アイン・イーサー市近郊のムシャイリファ村、サイダー村、M4高速道路沿線一帯を砲撃、これに対してシリア民主軍が応戦し、激しい戦闘となった。

ANHA、2021年3月19日
ANHA、2021年3月19日

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、トルコ軍とシリア国民軍の砲撃は、地雷・爆発性戦争残存物(ERW)の解体・撤去作業が完了したサイダー村とマアラク村に、シリア民主軍が住民を帰還させようとしたのを狙って行われた。

砲撃を受けた住民は避難し、またシリア民主軍と住民に随行していたロシア軍も撤退すると、トルコ軍・シリア国民軍はサイダー村とマアラク村に侵攻、シリア民主軍と交戦状態に入ったのだ。

シリア人権監視団によると、この戦闘で、トルコ軍士官1人とシリア国民軍戦闘員3人が死亡、多数が負傷する一方、シリア民主軍側も兵士2人が死亡した。

住民も犠牲に

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、トルコ軍とシリア国民軍はまた、アイン・イーサー市の南東に位置するハドリヤート村一帯を砲撃、子供1人が死亡、住民5人が負傷した。

ANHA、2021年3月19日
ANHA、2021年3月19日

トルコ軍とシリア国民軍はまた、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県タッル・リフアト市近郊のマルアナーズ村、マーリキーヤ村、シャワーリガ村を砲撃した。

トルコ国防省による正当化

一連の攻撃に関して、トルコ国防省はツイッターを通じて、ラッカ県から南部キリス県に対して行われたロケット弾攻撃への報復だと発表し、自らの攻撃を正当化した。

国防省の発表によると、ロケット弾は空き地に着弾したため、死傷者や物的被害はなかったが、トルコ軍は、ロケット弾が発射された地点に向けて報復攻撃を行うとともに、同地での停戦を監視するロシア軍に対し報復攻撃を実施する旨、事前通知したという。

トルコ軍による17ヶ月ぶりの爆撃

トルコ軍とシリア国民軍は3月20日にもマアラク村、サイダー村などを砲撃し、再び侵攻を試みた。シリア人権監視団によると、攻撃はマアラク村でシリア民主軍に包囲されたシリア国民軍の部隊を救出するのが狙いだった。

シリア民主軍がこれに激しく抵抗すると、トルコ軍は今度は戦闘機を投入し、マアラク村一帯のシリア民主軍の拠点に対して爆撃を行った。

ANHA、2021年3月20日
ANHA、2021年3月20日

シリア人権監視団によると、トルコ軍が有人戦闘機で同地を爆撃したのは、2019年10月の米・ロシア・トルコによる停戦合意以来17ヶ月ぶりだった。

シリア軍1人も負傷

トルコ軍とシリア民主軍は3月20日、アイン・イーサー市一帯以外にも、タッル・リフアト市、そしてシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県タッル・タムル町近郊のハンワ村を砲撃、ANHAによると、ハンワ村に対する砲撃では、シリア軍兵士1人が負傷した。

トルコ軍とシリア民主軍の砲撃は3月21日にも続いた。

出端を挫かれたPYD

折しも、クルド人が多く暮らすシリア北東部では、3月20日から21日にかけて、ノウルーズの祝祭が行われ、各地で多くの住民が参加した。また、3月18日はトルコによるアレッポ県アフリーン市占領から3年目にあたり、PYD、シリア民主軍、北・東シリア自治局が、同地の解放を求める抗議デモが動員する一方、トルコに向けて好戦的な声明を繰り返し発表していた。

ANHA、2021年3月20日
ANHA、2021年3月20日

ANHA、2021年3月21日
ANHA、2021年3月21日

ANHA、2021年3月18日
ANHA、2021年3月18日

だが、トルコ軍による攻撃強化で、PYDは出端を挫かれたかたちとなった。

ロシアも爆撃を実施

シリアはトルコの独壇場ではなかった。トルコとともに停戦を監視するロシアが対抗措置に踏み切ったのだ。

だが、その相手はトルコでもなければ、北東部でもなかった。

ラタキア県フマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのアレキサンデル・カルポヴ副センター長は3月19日、ヌスラ戦線の「テロリスト」たちが、ホワイト・ヘルメットと西側諜報機関と連携して、イドリブ県北東部でシリア軍による化学兵器の使用を偽装する準備をしているとの情報を得たと発表したのだ。

反体制派による化学兵器使用偽装事件は発生しなかったが、ロシア軍は3月20日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるイドリブ県ザーウィヤ山地方に位置するバイニーン村の灌木地帯、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線に位置するジスル・シュグール市近郊のブカフラー村を爆撃したのだ。爆撃が行われたのは、2020年初めまでの戦闘でシリア・ロシア軍が奪還を狙っていた地だった。

ロシア軍は3月21日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるイドリブ県のトルコ国境に近いサルマーダ市近郊、M4高速道路沿線のアリーハー市近郊のカフルシャラーヤー村にも爆撃を行った。

このうちサルマーダ市近郊に対する爆撃は、ワタド石油社が運営するガス工場と施設を標的とし、大規模火災が発生した。

MMC、2021年3月21日
MMC、2021年3月21日

ワタド石油社は、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ県一帯で、灯油、ガソリンなどの燃料の取引を牛耳る組織で、ガス工場は、シャーム解放機構と、同組織に自治を委託されているシリア救国内閣に近い人物によって運営されていたという。

弾道ミサイルによる攻撃

ロシア軍はさらに、フマイミーム航空基地(ないしは地中海沖に展開する艦船)から長距離弾道ミサイルを発射、国内避難民(IDPs)キャンプが点在するトルコ国境近くのサルワ村やカーフ村一帯を攻撃した。

MMC、2021年3月21日
MMC、2021年3月21日

反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤによると、このミサイル攻撃で、羊飼い1人が負傷した。

同調するシリア軍

ロシア軍の攻撃に同調するかたちで、シリア軍も攻撃を激化させた。だが、そのことが、住民に犠牲者を出す結果となった。

アレッポ県西部の第46中隊基地に展開するシリア軍部隊は3月21日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるアターリブ市を砲撃したが、砲弾6発以上が市内のマガーラ病院に着弾し、子供1人と医療スタッフ1人を含む6人が死亡、多数が負傷し、病院の施設が利用不能となったのである。

MMC、2021年3月21日
MMC、2021年3月21日

報復攻撃で住民にさらなる犠牲者

これに対して、「決戦」作戦司令室は、報復として第46中隊基地に対して砲撃を行った。だが、SANAやシリア人権監視団によると、この砲撃によって、政府の支配下にあるアレッポ市サーリヒーン地区、フィルドゥース地区に砲弾が着弾、住民2人が死亡、子供を含む多数が負傷したのである。

SANA、2021年3月21日
SANA、2021年3月21日

これほど多くの住民が巻き添えとなったのは最近では珍しい。だが、今回の暴力の連鎖は、アサド政権やシリア軍、アル=カーイダを主体とする反体制派が始めたものではない。これらの勢力を停戦させるとして、シリアに執拗に介入を続けるロシアとトルコによって誘発されているのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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