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シリア北西部のイドリブ県でシリア軍の攻撃が激化、トルコ軍は反撃せず監視所からの撤退を継続

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2020年11月2日

10月26日にロシア軍戦闘機がイドリブ県北西部のドゥワイラ山にあるシャーム軍団の基地を爆撃し、戦闘員78人を殺害してから、10日が経った(「シリアのイドリブ県に対するロシア軍の爆撃でトルコが支援しアル=カーイダと共闘する反体制派78人死亡」「シリア北西部でアル=カーイダと自由シリア軍がロシア軍の爆撃に対する報復砲撃を行い、兵士多数を殺害」を参照)。しかし、同地では依然として困難な戦況が続いている。

それまで「決戦」作戦司令室支配地とシリア政府支配地域が接する前線に対して砲撃を続けてきたシリア軍が、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線にもミサイルなどで攻撃を加えるようになったのだ。

激化する戦闘、増加する死傷者

「決戦」作戦司令室は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構と、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army)が主導する武装連合体。イドリブ県中北部、ラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県北西部に拡がるいわゆる「解放区」で活動を続けている。

「解放区」を南北に分断するかたちで通るM4高速道路は、3月5日のロシアとトルコの停戦合意で、安全を確保することが取り決められ、トルコ軍が沿線に拠点を設置し、シャーム解放機構とともに停戦に反対する新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構などを排除、ロシアと合同パトロールを実施するなどしてきた。

だが、9月末以降、ロシアとの合同パトロールは中止され、シリア・ロシア軍と「決戦」作戦司令室の戦闘が徐々に激しさを増している。

10月26日のロシア軍戦闘機による爆撃後では、シリア軍が10月28日に、ザーウィヤ山地方各所に加えて、M4高速道路上の拠点都市の一つアリーハー市を砲撃し、アリーハー市で住民4人が死亡した。これに対して、「決戦」作戦司令室も政府支配下のカフルナブル市近郊でシリア軍兵士1人を殺害した。

シリア軍は10月30日にも、アリーハー市の住宅街やザーウィヤ山地方各所、アレッポ県のタカード村、カフル・アンマ村を砲撃し、複数の住民を負傷させる一方、「決戦」作戦司令室は、ミラージャ村、ハザーリーン村、バイニーン村の灌木地帯でシリア軍と交戦し、兵士2人を殺害した。シリア軍の砲撃を受けて、シャーム解放機構に「解放区」の自治を依託されているシリア救国内閣傘下の教育局は、アリーハー市とザーウィヤ地方バーラ村の学校を休校とした。

さらに、シリア軍は10月31日、ザーウィヤ山地方のダイル・サンバル村一帯などを砲撃し、国民解放戦線に所属するアル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動の戦闘員3人を殺害した。

11月に入っても攻撃は止まなかった。シリア軍は1日、バーラ村で、従業員を乗せてオリーブ搾油工場に向かっていたバスに向けて砲撃を行い、1人を殺害、5人を負傷させた。

ロシア軍が自爆式ドローンを投入

ロシア軍も攻撃に参加した。10月31日、ロシア軍所属と思われる自爆式の無人航空機(ドローン)が、マアッラト・ヌウマーン市近郊に位置する「決戦」作戦司令室支配下のタッルトゥーナ村とアリーハー市近郊のナフラヤー村にあるオリーブ搾油工場2棟を攻撃し、女性1人を含む4人が死亡した。

Syria TV、2020年10月31日
Syria TV、2020年10月31日

反撃ではなく撤退するトルコ軍

これに対して、「決戦」作戦司令室を支援するトルコ軍は、反撃ではなく、撤退を開始した。

10月29日、シリア政府支配地域内で孤立していたハマー県内のシール・マガール村の監視所(第10監視所)に駐留を続けていたトルコ軍部隊が撤退を開始したのだ。

第10監視所の撤退作業は11月5日現在も続いており、駐留部隊は「決戦」作戦司令室の支配下にあるイドリブ県クークフィーン村に再展開しているという。

トルコ軍は10月8日、同じくシリア政府支配地域内で孤立していたハマー県ムーリク市の監視所(第9監視所)からの撤退を開始し(「トルコ軍はシリア政府支配地域に取り残され、孤立していた監視所から静かに撤退:無用となった「人間の盾」」を参照)、11月2日にシリア軍が同地に入っている。第10監視所からの撤退はこれに続く動きである。

抵抗する「決戦」作戦司令室、トルコ軍監視所さえも狙うシリア軍

トルコ軍が撤退の動きを見せるなか、「決戦」作戦司令室は反撃を続けた。11月3日、シリア政府の支配下にあるサラーキブ市、カフルナブル市、ハザーリーン村、マアーッラト・ムーハス村を砲撃し、マアーッラト・ムーハス村でシリア軍兵士2人が死亡した。

しかし、シリア軍の攻撃は止んでいない。11月4日、シリア軍はアリーハー市に加えて、カファルヤー町、そして「解放区」の中心都市であるイドリブ市に対しても砲撃を行った。

打ち込まれた砲弾は45発以上におよび、この攻撃で、アリーハー市で子供1人を含む4人が、カファルヤー町で国内避難民(IDPs)の子供2人が、イドリブ市で子供1人が死亡、20人余りが負傷した。

このうち、アリーハー市への攻撃は、トルコ軍の車列が同地を通過するのに合わせて行われたが、シリア軍はさらにザーウィヤ山地方のサルジャ村にあるトルコ軍監視所に対してもミサイルで攻撃を加えた。

これに対して、「決戦」作戦司令室はシリア政府の支配下にあるマアッルシューリーン村一帯を砲撃し、シリア軍兵士1人が死亡した。だが、今のところトルコ軍が反撃に転じたとの情報はない。

イドリブ県情勢をめぐっては、シリア・ロシア軍がM4高速道路の南側の「解放区」の制圧に向けた準備を進めているとの情報、そしてトルコ軍がその見返りとしてシリア北東部で何かを要求している、あるいは両軍の攻勢に抗って、3月初めに停止していたイドリブ県での軍事作戦(「春の泉」作戦)を再開しようとしているといった情報が錯綜している。

11月3日の米国での大統領選に伴い、同国での混乱が予想されるなか、ロシアとトルコ、さらにはシリア政府は、レイムダックに乗じて何らかの取引を行おうとしているのかもしれない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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