シリア北西部でアル=カーイダの系譜を汲む武装集団の内部抗争にアル=カーイダが介入

Arabi 21, December 9, 2015

アル=カーイダ系組織が決起

シリア北西部に位置するラタキア県のアイン・バイダー町一帯で10月12日、シャーム自由人イスラーム運動の沿岸地区司令官が離反し、同地の戦闘員とともに決起した。

シャーム自由人イスラーム運動は、シリアで活動するアル=カーイダ系組織の一つ。2011年末に結成された同組織は、国連安保理や米国がシリアのアル=カーイダと指定するシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)に先立って、脱アル=カーイダ化し、自由シリア軍への「なりすまし」に成功している(「ガラパゴス化するシリアのアル=カーイダ系組織」を参照)。

現在は、トルコが全面支援する国民解放戦線(シリア民主軍、Turkish-backed Free Syrian Army)に参加し、シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団とともにこれを主導している。国民解放戦線は、シャーム解放機構とともに「決戦」作戦司令室を構成し、「シリア革命」の「解放区」と彼らが呼ぶイドリブ県、ラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県北西部でシリア軍と対峙している。

Twitter(@Ahraralsham)
Twitter(@Ahraralsham)

シャーム解放機構介入

ラタキア県での決起は、沿岸地区司令官の解任が決定されたことを受けたもの。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、シャーム自由人イスラーム運動は、特殊部隊を派遣し、これを制圧しようとした。だが、シャーム解放機構も反乱が発生した地域に部隊を展開させたという。

特殊部隊の司令官は、展開の理由を尋ねるためにシャーム解放機構の拠点に近づいたが、護衛3人とともに拘束されてしまった。

Baladi News, December 20, 2017
Baladi News, December 20, 2017

シャーム自由人イスラーム運動幹部は事実を認める

これに関して、シャーム自由人イスラーム運動のイナード・ダルウィーシュ大尉(アブー・ムンズィル)は、反体制系のシリア・テレビの取材に応じ、「組織上の理由と指揮系統上の理由」でアブー・ファーリス・ダルアーウィー沿岸地区司令官が解任されたことに、一部の武装メンバーが反発し、複数の拠点で反乱したことを認めた。

ダルウィーシュ大尉によると、9月にもアブー・スハイブを名乗る幹部の1人が解任されており、今回のダルアーウィー司令官の解任は、アブー・スハイブ支持者を狙ったものだという。

一方、シャーム解放機構の介入と特殊部隊司令官の拘束について、ダルウィーシュ大尉は、シリア人権監視団の発表内容を認めつつ、司令官拘束を受けて、特殊部隊が撤退したことで、司令官は釈放されたと付言した。

内部声明

シリア・テレビはまた、シャーム自由人イスラーム運動がメンバーに対して向けたとされる声明の内容を紹介した。

声明は、シャーム自由人イスラーム運動のジャービル・アリー・バーシャー総司令官とアラー・ファッハーム副司令官が下した「感情に基づく拙速な決定」が反乱の遠因にあるうえで、バーシャー総司令官が自身の任期延長を受けて、軍事部門を弱体化させ、その権限を奪おうとするとともに、一部の司令官に「否定的な行動」をとったと非難した。

シャーム自由人イスラーム運動は9月13日の会合で、バーシャー総司令官の任期を1年間延長することを決定している。また、これと合わせて、総司令官の権限を拡大し、所属部隊の直接指揮を可能とし、中央集権を強化したが、これが組織内の不満を高めていたようである。

声明はまた、今回の反乱について、バーシャー総司令官が沿岸地区司令官の解任を「恣意的」に決定したことに、同地区のメンバーが拒否の姿勢を示したことで発生したと明かした。

一方、シャーム解放機構の介入については、以下の通り経緯を説明し、特殊部隊司令官が拡散したデマだと主張した。

バーシャー総司令官は、事態を収拾するため、アブー・イッズ・アリーハー司令官の部隊(特殊部隊)を派遣した…。

だが、アリーハー司令官は作戦司令室(おそらく「決戦」作戦司令部の司令室)に入ろうとしたためにシャーム解放機構に拘束された。

その後釈放されたアリーハー司令官は、「反乱分子とシャーム解放機構が結託している」との情報を拡散し、それがメディアなどを通じて報じられた。

そのうえで、声明は、組織の統一を維持するため、バーシャー総司令官とファッハーム副司令官の権限を凍結することを要求した。

それぞれの思惑

シリア・テレビは、イナード大尉が、トルコへの依存を強めるシャーム自由人イスラーム運動を2019年5月末に離れたハサン・スーファーン前総司令官と連携を取り合っていたと伝えた。そのうえで、同大尉らが、シャーム解放機構との関係に柔軟な姿勢を示してきたのに対して、バーシャー総司令官やファッハーム副司令官は、シャーム解放機構の「覇権」に異議を唱えてきたと付言し、それがシャーム解放機構の介入に繋がったとの見方を示した。

なお、シャーム解放機構の広報関係局のタキーッディーン・ウマル局長は、反体制系のドゥラル・シャーミヤに対して、決起を支援したとの一部報道を否定した。

ウマル局長によると、シャーム解放機構の部隊派遣は、沿岸地区の軍事拠点複数カ所が狙われ、軍事的緊張が高まったことを受けたもの。

シャーム解放機構は同地に多数の検問所を設置し、交通規制を行い、実行犯複数人を逮捕した。だが、その後、シャーム自由人イスラーム運動のバーシャー総司令官と連絡をとった結果、拠点攻撃が組織内の抗争によるものだとの説明を受けたため、実行犯を釈放したという。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)