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米軍ドローンがシリアのイドリブ県でウズベク人司令官を殺害する一方、アル=カーイダが米国人記者を拘束

青山弘之東京外国語大学 教授
シャーム解放機構が拘束した米国人アブドゥルカリーム(OGN、20年8月13日)

アル=カーイダの支配下にある「解放区」

シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ県…。「解放区」と呼ばれるこの地域では、トルコの試練を受ける国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Arm(TFSA))がシャーム解放機構とともに「決戦」作戦司令室の名のもとに共闘する一方、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構やアンサール・タウヒード、中国新疆ウイグル自治区出身者によって構成されるトルキスタン・イスラーム党、ウズベキスタンやトルキスタンの出身者からなるタウヒード・ワ・ジハード大隊などが活動を続けている。

2020年3月5日にロシアとトルコが「解放区」での停戦に合意して以降、同地で激しい戦闘は行われておらず、シリア軍、ロシア軍、トルコ軍、そして「イランの民兵」による無人航空機(ドローン)を使った爆撃も数件確認されていない。

米主導の有志連合所属のドローンによる爆撃

そんななか、8月に入って、米主導の有志連合所属のドローンの活動が目立つようになっている。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、8月9日、所属不明のドローンがトルコ国境に近いハーリム市近郊のスンマーク山に超低空で飛来、同地に展開する「決戦」作戦司令室の部隊が重火器で迎撃した。

ドローンは米主導の有志連合所属と見られる。

「決戦」作戦司令室が米主導の有志連合所属のドローンを迎撃

また、8月13日には、有志連合所属のドローンが、同じくトルコ国境に近いサルマダー市近郊の街道を走行中の乗用車を爆撃し、乗っていた男性1人を殺害した。

死亡したのは、ウズベキスタン国籍のアブー・ヤフヤーを名乗る人物。

アブー・ヤフヤーは、どの組織にも属さず、軍事教練の教官として活動していたが、最近になって、フッラース・ディーン機構に協力するようになっていたという。

Baladi-news、2020年8月13日
Baladi-news、2020年8月13日

ロシア、シリア政府と連携する米軍

爆撃が行われたのは、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の以北の地域で、トルコの実質的な影響下にある。だが、ケネス・マッケンジー米中央軍(CENTCM)司令官(海兵隊大将)は8月12日、次のように述べていた。

ロシア、さらにはアサド政権軍とも交戦や衝突に入ることを望んでいない…。

有志連合を主導するCENTCOMは、下士官レベルでロシア、そしてシリア側と連絡をとり合い、シリアでの衝突や対立を回避し、現地でのイスラーム国に対する戦争に齟齬が生じないよう連携している。

これは協力ではなく、齟齬が生じないよう、とくに軍事作戦や空爆にかかる技術的対応だ。シリア政府との関係も同じだ。

この発言は、シリア政府の支配地域と、米国が支援する北・東シリア自治局(クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体)の支配地域が接するダイル・ザウル県のユーフラテス川河畔地域情勢を念頭に置いたものではある。だが、イドリブ県での有志連合による爆撃を、ロシア軍とシリア政府が承知し、これを黙認していることは言うまでもない。

続くアル=カーイダどうしの抗争

ところで、フッラース・ディーン機構を狙っているのは有志連合だけではない。

6月下旬にイドリブ市西での戦闘で、フッラース・ディーン機構が主導する「堅固に持せよ」作戦司令室を圧倒し、同司令室に解散を強いていたシャーム解放機構もまた、共鳴者への攻勢を強めているようである(「シャーム解放機構は「堅固に持せよ」作戦司令室を武力で圧倒、「シリア革命」の覇者としての存在を誇示」を参照)。

英国人活動家再逮捕

シャーム解放機構は8月11日、トルコ国境に面するアティマ村で英国人のアブー・フサーム・ビリーターニー(本名タウキール・シャリーフ)を再逮捕した。

Balad-news、2020年7月24日
Balad-news、2020年7月24日

ビリーターニー氏は「解放区」で学校や慈善協会を設立・指導するなど、支援分野の重要人物で、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加したとして6月23日に逮捕されたが、7月15日に釈放されていた。

再逮捕の理由は明らかではないが、活動家たちが即座に反応した。

米国人ジャーナリストによる批判的動き

現地で取材活動を続ける米国人ジャーナリストのビラール・アブドゥルカリームがシャーム解放機構に批判的な姿勢を示したのである。

アブドゥルカリームは、1970年ニューヨーク州生まれで、本名はダリル・レイモント・フィリップス。1997年にイスラーム教に入信、アラビア語でコーランを読むとして、スーダンの首都ハルツームに留学、その後、エジプトに移動し、アラビア語とイスラーム教を学んだ経歴を持つ。2012年にシリアに潜入し、その後は、シャーム解放機構をはじめとする反体制派に従軍し、取材を行い、自らが運営するOGN(On the Ground News)テレビなどを通じてリポートを配信していた。

アブドゥルカリームは、ビリーターニーが逮捕されると、妻へのインタビューを敢行し、8月13日にONGを通じて映像を配信した。インタビュー映像のなかで、ビリーターニー氏の妻は、アティマ村にある自宅で夫が逮捕される際、シャーム解放機構から無礼な暴行を受けたと述べた。

アブドゥルカリームは同日、「シャーム解放機構は投獄者の拷問を指示しているのか」と題したリポートを配信した。シャーム解放機構メンバーへのインタビューを編集して制作されたこのリポートのなかで、彼はシャーム解放機構が管理する刑務所・拘置所内で拷問が行われていると示唆し、釈明するよう呼びかけたのである。

拘束という応え

呼びかけへの応えは、アブドゥルカリームの拘束だった。

覆面姿のシャーム解放機構メンバーが、アティマ村で取材を続けるアブドゥルカリーム、そして「アブー・ムハンマド」の名で知られるドライバー兼護衛に暴行を加え、そのまま連行したのである。

ビリーターニー、アブドゥルカリームの消息は今のところ明らかではない。だが、二人の身に起きたことは、「解放区」における支援活動や取材活動が、アル=カーイダの裁量次第でいかようにもなり得るという事実である。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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