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シャーマンと婚約したプリンセスをノルウェーはどう受け止めているのか?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
マッタ・ルイーセ王女を応援する市民には複数のタイプがある(写真:Splash/アフロ)

プリンセスとシャーマンの関係は、ノルウェー現地ではどう考えられるのか。

ノルウェー王室のマッタ・ルイーセ王女がシャーマン(霊媒師)であるデュレク・ベレット氏との婚約を発表した。

むしろ「やっと婚約するんだね」

まず、婚約・結婚は驚くことではない。

2人はこれまでもインスタグラムや取材などで、ラブラブな様子を散々見せつけてきた。

2人の愛は強い。これはよくわかった。

だがここ数年でプリンセスの前夫が自殺したこと、子どもたちの心のケアもあり、再婚に踏み切るタイミングは遅れていた。

だから婚約は、現地では大きなサプライズではない。

ひとりの人間が幸せになることを、人々は祝福する。

問題は自分たちの影響力と立場を忘れがちな2人の暴走

ノルウェーは権力者や影響力のある人に対して、厳しい。「権力の暴走」をとにかく嫌う。

「プリンセス」という、一般市民はどうあがいても真似できないステイタスが乱用されると、国の人は怒る。

このプリンセスの場合、「悪意があって」権力を乱用することはなさそうだ。

純粋に、自分のやりたいことを貫き通していたら、思わず「恵まれた立場」の効果が発揮されていたというパターンだ。

例え悪気はなくとも、「プリンセス、それは王室メンバーの力の利用では。それは違うのでは?」とメディアや社会からお叱りを受けることがある。

ベレット氏も、感情的になりやすい一面があり、ノルウェーのメディアとこれまで何度か衝突してきた。感情が高ぶった投稿をインスタグラムにすることもある。

この2人がセットとなると、暴走はこれからも続く。

暴走するのは勝手だが、「王室メンバーの力の利用はしないでくださいね」

ノルウェーの人はそこを心配する。

恋愛するのはご勝手に

ノルウェーはそもそも他人の結婚、離婚、浮気、不倫、再婚などには口を出さない。

日本のように不倫や浮気がニュースになることも稀で、ノルウェーの多くのメディアはそういうネタを出すこと事態がレベルが低い行為だと考える。

王室メンバーの恋愛にも、通常は寛容的だ。

だが、関係者が権力や影響力を使って得をしていたり、恵まれた環境にいるという自覚が足りないと、この国の人は怒る。

どれだけ個人と主張しても、やはりあなたは王室の人

プリンセスは時と場合で「個人」としての自分と「プリンセス」の自分を切り分けるとしているが、やはりこの人はプリンセスだ。

だからプリンセスの「今はマッタ・ルイーセで、プリンセスではない」という主張は理解されにくい。

彼女は個人事業主としてビジネスをしているから、問題が起きる。

スピリチュアル・ビジネスを続けたいがゆえに、商業イベントならお金の出入りが発生する。

プリンセスだったら客は入りやすいわけで、どれだけ彼女が「今はルイーセだ」といっても、他の人は「いや、でもプリンセスじゃん。だからビジネスが上手くいっているんじゃん」となる。

半分は爬虫類とか、意味不明

ノルウェーの人はもう何年もプリンセスの「天使や死者と交信できる」を聞いて暮らしてきた。だからこれくらいでは、もうさほど驚かない。

新しい恋人が同じような人だとしても、まぁちょっと驚くだけ。

ノルウェーの人は寛容的だし、「同じ価値観の人と一緒のほうが楽でしょう」と理解する人もいる。

だが。

デュレク・ベレット氏は「天使や死者と交信できる」レベルで終わらない。

さらにその上をいく。

「原子を変えて、若返りが可能で、自分は普通の人間ではない。爬虫類とアンドロメダのハイブリッドです」とか言う。

プリンセスの天使や死者発言に慣れているノルウェーの人も、さすがに「はい?」となる。

ノルウェーの人はまだベレット氏の世界観や発言に慣れていない。

「婚約はおめでとう。でも、あなたの言っていること、意味不明」

人は新しいものに、「怖い」という心理を覚える。

「若返りが可能」発言の恋人が婚約者になるとなると、話は変わる

婚約者になるということは、今後は王室の公のイベントにもベレット氏は出席できる。

ノルウェーの人はこれからベレット氏をもっと目にすることになる。

ノルウェーのメディアも番犬として、さらに目を光らせなければいけない責任がある。

単にプリンセスの再婚相手なら、「おめでとう」で終わる。

だが彼は「僕は半分は爬虫類です」「がん患者の心のケアをします」とか言う。

こうなると医療界など、さまざまな業界が「王室の関係者がそういう非現実的なことや陰謀論を言うと困ります」となる。

恋人だった頃と同じノリで婚約者になると、「それはだめじゃない?」となる。

ノルウェー社会が気にするのは、別世界とつながっているらしいこの人物が、王室の立場を今後どう使ってしまうのか、ということ。

このカップルがどれだけ個人の自由を主張しても、他の人からみたら「ノルウェー王室メンバー」だから。

王様も世間も結婚には今更反対しない

プリンセスは離婚して、前の夫は自殺して、子どもの心のケアもあり、新しい大好きな人に出会えたこと事態は、市民は喜ぶ。

多くの市民が離婚や失恋を経験しているので、頑張るプリンセスの姿は応援したくなる。

王様もかつてはノルウェー社会にずっと反対されて、一般市民だった今の王妃とやっと結婚できた。

王様が「子どもには好きな人と恋愛してもらいたい」と思っているのは、市民は前からよく分かっている。

だから、婚約や結婚に反対する態度は、ノルウェーの王室からも社会からも出ていない。

ノルウェーの人がびっくり仰天・心配しているのは、このプリンセスがもともと暴走しやすい・おっちょこちょいな人だと知っているので、これから何をしでかしてしまうか。

ベレット氏はまだまだ謎なところが多い。

しかも、この2人は一緒になるとパワーアップして、2人の愛とスピリチュアルパワーで世界を変えるらしい。

つまり、これからも暴走とびっくり言動は続くわけで、「何が起きるのか」とノルウェーは気にしている。

プリンセスを応援する市民タイプ

ノルウェーのメディアは真面目で合理的な傾向が強く、「権力者の番犬」であることが仕事なので、プリンセスやシャーマンには厳しい。それが彼らの仕事だから。

市民にはプリンセスのファンや応援団がここ数年で増えている。

①女性のエンパワーメント、もがいて頑張る女性を応援したくなる人

これだけバカにされても、批判されても、自分を貫くプリンセス。

個人事業主として、ビジネスもしようとしている。

新しい道を自分で開拓しようとしている。

本当に自分がやりたいことを叶えようとしている。

反対している人がいっぱいいる。

女性リーダーや働く女性の間には、女性としてのプリンセスを応援しようという人が明らかに増えている。

その風潮は、インスタグラムなどのSNSを見ていても明らかな変化だ。

プリンセスが女性をエンパワーメントするカンファレンスなどに招待される機会は今後さらに増えるだろう。

②「やっぱり、愛は勝つのね」を確信したい人

必死に恋愛をするプリンセス。

これだけ批判やお叱りの声を受けても、愛を貫くプリンセス。

この姿をもう何年か見続けている市民の中には、「最後に、やっぱり愛は勝つのね」という確信をプリンセスから見出そうとしているように見える。

「愛の応援団」がいて、この人たちは心からプリンセスの成長と愛の発展を祝う。

③ひとりの人間として、恋愛するのは自由。それが権力者でも、という考えの人

北欧は平等社会だ。平等精神が意味するのは、王室メンバーでも首相でも、どれだけ偉い人でも根本的に私たちは同じ。そう考えたい人も多い。

だからプリンセスでも、ひとりの人間として、まあやりたいことはやれば、と考える人もいる。

他人のプライベートに口を出すのはナンセンス、他人の恋愛の批判に必死になるような人間に自分はなりたくない、ご自由にどうぞ。という考えで、「まあいいんじゃない、そこまで反対しなくても」という考え方で受け入れる人。

④「ノルウェーは器の大きい国」がテストされていると感じる人

多様性や寛容という言葉が好きなノルウェー。

「こんなプリンセスでも、私たちには受け入れる器の大きさがある」

「このようなカップルでも受け入れるほど、ノルウェーでは多様性と自由が尊重される」

ノルウェーとしての良さを再認識したいがゆえに、その証拠として、このプリンセスを受け入れたいという考え方。

現に、ノルウェーのメディアでも「まあノルウェーは多様性を尊重する国だから……」という切り口の書き方が多い。

ただ、「原子を変えて、若返りが可能で、自分は普通の人間ではない。爬虫類とアンドロメダのハイブリッドです」発言をする人を受けいれるほど、まだノルウェーの人はシャーマンの婚約者に対する免疫力は高くはない。

今こそ試される、ノルウェーの器の大きさ!

基本的には「権力や影響力を乱用しなければOK」

基本的には、この2人が権力と影響力を暴走させなければ、ノルウェー社会は受け入れるのである。

ただ、この2人は今までの言動を振り返っても、たまに暴走する。きっとこれからも暴走する。

「そこが心配だね」がノルウェーの最たる懸念。

シャーマンの婚約者に対する免疫力はまだ足りない

そしてシャーマンの婚約者はまだまだ謎な部分が多い。「半分は爬虫類」では終わらないだろう。

天使と話せるプリンセスにはもう慣れている。

このシャーマンの婚約者に対する免疫力を、ノルウェー市民は今後高める必要がある。

「ノルウェーがどれだけ器の広い国で、民主主義を大事にして、多様性を尊重するか」を改めて認識したいノルウェー。

この2人は、色々な意味でテスト。

「ノルウェーが試されている」のである。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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