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大谷選手の新旧通訳が話題。「通訳」という仕事について在米の通訳経験者の立場で考察してみた

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

英語を話せる=必ずしも良い「通訳」ではない

通訳という仕事は決して簡単な仕事ではない。少なくとも筆者にとっては。

アメリカに住む筆者の下には年に数回程度、通訳という仕事の依頼がある。これまで私が通訳をしたそれほど多くない経験の中で一番の著名人を挙げるとするならば、アナ・ウィンター氏との数人規模の会合だ。これはウィンター氏が働くニューヨークのヴォーグ編集部の素敵なプライベートオフィスで行われた。私が行なった通訳についてクライアントからクレームや不満が出たことは一度たりともないので無茶苦茶な仕事はしていないだろうという自負があるものの、決して自己評価&自己満足度は高くない。

筆者は通訳で生計を立てているわけではないから、サイドビジネスでやらせてもらっている立場である。そんな立ち位置といくつかの経験で改めて言えるのは、通訳という仕事は非常に骨が折れる仕事ということだ。

英語を聞いたまま英語で理解することと、英語を日本語に置き換え、つまり自分の言葉ではない他人の言葉を別の誰かにわかりやすく伝えることとはわけが違う。その逆もまた然り。

そもそも(日本語でさえ)日常会話ではないプロフェッショナルな次元で他人同士の会話に(なんとなくではなく)耳を澄まし、頭の中で解釈し伝えるという作業はかなりの集中力を要するから、他人同士の二言語の通訳は脳も体も疲労困憊する。集中力なんて30分も持たない。同時通訳で頻繁に通訳が入れ替わるのはそんな理由からだろう。在米日本人の仕事仲間の中に、普段は英語を話すのに「通訳だけはご勘弁」という人もいるくらいだから、特別そのような苦手意識を持っているのは筆者だけではなさそうだ。

通訳という仕事は言語能力のほかに経験とコツ、その業界の知識がものを言う。筆者が以前、オステオパシーの会合の通訳を任された時のこと。この分野の知識はまったくない筆者にとって通訳は一苦労だった。相手が言っている言葉を「聞く」ことはできても「理解」できず、まるで私はイタコのような感じで仲介したのだった。例えば「相手はこのように言っています。意味わかりますか?」。私は日本人のクライアントにそう投げかけながら通訳した。その業界に精通しているクライアントは「はい、わかります」と言っていた。この経験を通し、その業界や知識に精通していることで通訳の助けにもなることを知った。

通訳という仕事は簡単ではないと述べたが、バイリンガルとして育ち、通訳としてのトレーニングを重ね、場数を踏み、その業界の知識がある人にとってはそれほど難しいことではないのかもしれない。だからこそ「プロ」と呼ばれる人が存在するのだろう。

これらを前提に、今話題になっている大谷翔平選手の新旧通訳(水原一平氏とウィル・アイアトン氏)について筆者なりに考えてみた。

この2人に関しては、水原氏の違法賭博問題以降、たびたび記事になっている。以下はここ数日で確認できた関連記事だ。2人の通訳についてさまざまな評価が下されている。

(考察1)スピード感と独特のリズムがあった水原氏の通訳

まずは水原氏について...

水原氏の通訳に関して、筆者は以前オーサーコメントでも書いたことがあるが、スピード感と独特のリズムがあり、バイリンガルらしく完璧な英語と日本語を自由自在に操っていた印象だ。彼には通訳としての筋があり、類稀なる才能を発揮していた。英語自体はアメリカ西海岸育ちらしくラフな感じで、(法律や医療などお堅い分野と違い)土っぽい男のスポーツ、野球のシーンにマッチしていた。メモを一切取らずに訳すスタイルで、記憶力が高く頭の回転が速い人だと日頃から筆者は感心していた。彼自身が野球業界に造詣が深く、大谷選手と親交が深く常に行動を共にしているのも、専属通訳としてのアドバンテージになっていたと思う。

(水原氏の通訳は8:55ごろから)

一方で、いくつかの記事で指摘されているような、大谷選手が実際には発言していないことまで水原氏自身の受け取りのニュアンスで英語にすることがあるというのは、筆者も薄々気づいていた。誤訳というレベルでもないため特段取り立てるほどのものではなく、「これがこの方の通訳スタイルなのね」くらいに受け止めていた。また、それを大谷選手自身が問題だと言うのなら問題だろうが、本人は気にしていないようだったから外野がとやかく言うことではないと思っていた。今回の騒動が起こった後にいくつかの記事でそれを議論の俎上に載せているのを見て「そう言えばそうだったな」と思い出した。

(考察2)堅実で折り目正しいアイアトン氏の通訳

水原氏の後任となったアイアトン氏の通訳についても、就任早々さまざまな声が上がっている。

アイアトン氏の英語について、あくまでも筆者個人の視点で印象を語るならば、水原氏のアメリカ英語がちょっと土っぽくてノリの良いストリートスタイルなのに対し、アイアトン氏のアメリカ英語は高学歴の知識層に多い話し方で、知的で折り目正しくお育ちが良さそう、そんなイメージを持った。

筆者は何より、アイアトン氏が大谷選手のコメントを逐一メモしているのに好感を持った。ノートにメモと言えば筆者のような記者の基本中の基本だ。取材時にメモを取らずにラフに話を聞くのと、相手の発言をメモするのとでは、相手側の身構え方や向き合い方が異なってくるものだ。通訳としてきちんとメモを取りながら訳す姿は見ている者に安心感を与えるし、通訳の内容の信憑性も高くなる気がする。大谷選手がこれについてどう感じるかは本人のみぞ知ることだが、「この通訳は自分の発言を堅実に伝えようとしてくれている」というプラスの印象を多少は持つはずだ。

アイアトン氏の仕事について揚げ足を取っている記述もあるが、他人が誰かの仕事を評価するほど簡単なことはない。後からであれば誰だって好き放題何とでも言えるものである。問題は「では、そのように他人の仕事を厳しく評価するあなたはあの場で『完璧』にできるのか」ということだ。通訳というのは生きた言葉を使うライブな作業だ。そこには正解というものはない。どんな人が通訳として入っても、全員を100%満足させる完璧な通訳というのは存在しないだろう。

そもそも英語にできない日本語、日本語にできない英語というのがたくさんあり、だからこそ通訳のセンスが問われるわけだが、我々の母国語である日本語であっても、自分が発した言葉や発言について、後で考えたら「別の言い方の方がよかったかな」とか「あの言い方ではニュアンスがちょっと違ったな」「ちょっとオーバーに言いすぎたかな」なんて思うことはよくある。結局は大谷選手の真意が伝わることが優先すべき重要なポイントであり、誤訳をしない限りは、他人の仕事の細部やニュアンスについて、後からあーだこーだと批評するのはノンセンスだろう。

ということで、筆者は到底かなわないプロの通訳の才能について改めて感服した次第だ。

アメリカで真のスーパースターになるには

最後に言語について別の角度から一言申し上げるならば、アメリカで真のスーパースターになるには、また野球という世界を超えたアメリカ社会全体においてこの国の人に真に受け入れてもらえるようになるには、(話せて当然であるとアメリカ人の誰もが思っている)この国の第一言語=英語でインタビューを受けたり、英語でスピーチして発信することは欠かせない。今年1月に全米野球記者協会ニューヨーク支部のアワードディナーの壇上で大谷選手が行なった英語の受賞スピーチが人々に受け入れられたように、これからも大谷選手自身が英語で発信する場が増えると、彼を認める人が増え、好感度や知名度がさらに上がるだろう。多少間違っても日本語を一生懸命に話そうとする外国人に愛着が湧くように、どの国でもその国の言葉を話そうとする人に、人は好感を持つものだから。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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