「当事者としての発信はこれっきりにしたい」伊藤詩織さん会見7月20日(本文1)
不正義を社会に訴える行為が救われない
1つ、それとは異なる最高裁のある判例の摘示をちょっと紹介したいと思います。「自己の正当な利益を擁護するためやむをえず他人の名誉、信用を毀損するがごとき言動をなすも、かかる行為はその他人が行った 言動に対比して、その方法、内容において適当と認められる限度をこえないかぎり違法性を缺くとすべきものである」というまったく別の法理があります。もう1回言いますね。「自己の正当な利益を擁護するためやむをえず他人の名誉、信用を毀損するがごとき言動をなすも、かかる行為はその他人が行った 言動に対比して、その方法、内容において適当と認められる限度をこえないかぎり違法性を缺く」と。 自己の正当な利益を擁護するために、やむを得ず他人の名誉を毀損しちゃった。この法理は一般にどのように使われているかというと、自分の名誉を毀損されたときに、その自分の名誉を守るために言い返した、その言い返した行為が相手の名誉を毀損しちゃった場合、その場合は、先に言われちゃったわけだから、その言い返したことについて少し大目に見ましょうよ、そういう法理なんですね。名誉毀損をされた場合に言い返しただけでもこういうふうに特別に救われるのに、性的加害行為を受けた人がその被害を訴える場合、あるいはその被害をもみ消されそうになったときに、こんなこと、こんな不正義が許されて良いのかを社会に対して訴える行為が救われないというのは、あまりにもバランスを欠いてるんですね。
正当防衛的な観点が必要なはずなのに
今の私が読み上げた法理のような観点、正当防衛的な観点という言い方をしましょう。こういう正当防衛的な観点が必要なはずなのに、高裁の判決にはそのような視点がまったくない。やっぱりその点で非常にバランスを欠いていると思います。そしてそのようなバランスを欠いた思考によって出した結論を最高裁は是認したわけで、非常に遺憾だなというふうに思っております。 ここからは感想めいたことなんですけども、先ほど西廣弁護士の説明がありましたように、1審は勝ちました。名誉毀損にはならない、プライバシー侵害にもならないということで、伊藤さん側の言論については一切違法性がないというふうに勝訴したわけですね。それが高裁で違法だというふうに言われてしまうと、防御をする側、今度は伊藤さん側ですね。こちら側ですね。その点については、こちらが防御をする側。防御をする側は最高裁しか残ってないわけですね。 最高裁というのは、憲法違反とか、上告できる事由、上告をして言い分が認められる事由というのが極めて限定されているわけです。ということで非常に闘いにくい、両手、両足を縛られた中で闘うしかないところがありましてですね。どうせバランスを欠いた判決を出すのなら、もっと早く出してくれと。そうすれば高裁でやりようがあったという気が非常にしていて、この伊藤さんに賠償を命じた判決については、なんて言うんですかね、もっともっと批判し、もっともっと不服を言いたかったという思いです。私からは以上です。 司会:質問ある方はいらっしゃいますでしょうか。どうぞ、望月さん。 【書き起こし】伊藤詩織さん会見7月20日 全文2に続く