なぜ浦和“ラストマッチ”の槙野智章が天皇杯決勝のヒーローになれたのか…「泣いていても前に進めない」
川崎フロンターレが独走していたJ1リーグ戦は、来シーズンのACL出場権を獲得できる2位もしくは3位に入るのも難しい状況になっていた。対照的にベスト4へ進出していた天皇杯で頂点に立てば、タイトル獲得とダブルで目標に到達できる。 決勝進出をかけた12日のセレッソ大阪との準決勝では、同じく契約満了に伴う退団が決まっている宇賀神友弥(33)が左サイドバックで先発。浦和を2-0の快勝に導く先制ゴールを決めたパフォーマンスを見ながら、さらに奮い立たされた。 「常日頃の宇賀神選手の姿を僕は見てきたので、努力は必ず報われるんだな、と」 ブンデスリーガのケルンから加入した2012シーズンを振り返れば、自らのゴールなどで名古屋グランパスとのJ1リーグ最終節に快勝。3位に食い込んで翌シーズンのACL出場権を浦和にもたらした。繰り返された歴史に槙野も思わず苦笑する。 「最後の大会の決勝で、自分のゴールと勝利、ACL出場権を置き土産にできた。素晴らしいストーリーができたというか、最高のご褒美が待ってくれていたのかなと」 今シーズン限りで引退するキャプテンの阿部は、準決勝に続いてベンチ入りメンバーから外れた。それでも決勝へ向けた練習で率先して盛り上げ役を担い、大分戦前日には「楽しんで」と西川らにエールを送った。いつしかチーム内には「阿部ちゃんに天皇杯を掲げてもらおう」との思いが生まれ、大一番を前にして合言葉になった。 宇賀神は「自分を契約満了にした決断を下した人たちを見返してやる、という強い気持ちでピッチに立った」と、あえて心の“黒い”部分を呼び起こして自らを奮い立たせた。決して本心ではないことは、大分戦でのひとコマが証明している。 決勝ゴールを決め、興奮状態のままゴール裏へ向かった槙野をしっかりフォローし、脱いだユニフォームが落ちないように支えていたのが宇賀神だった。 「ゴールを決めた味方の選手へ宇賀神選手が飛びつき、喜びにくるのは本当に稀なんですね。ものすごく興奮していたからこそ僕の隣のポジションに来て、ファン・サポーターへ向けて一緒にユニフォームを掲げてくれたと思っているので」 宇賀神へ胸中をシンクロさせた槙野もまた、心が折れかかるほどの苦境に直面してもルーティーンを怠ることなくこなし、愚直な努力の積み重ねが最後に花開くと、J2からステップアップしてきた若手を含めた後輩たちに身を持って証明した。 就任1年目で浦和にタイトルをもたらした、スペイン出身のリカルド・ロドリゲス監督は「奇跡が起こるのもサッカーの魅力だと思う」と劇的な勝利を喜びながら、チームを去る阿部、宇賀神、そして槙野と手にした天皇杯の価値をこう語った。 「いままでチームを支えてくれた選手たちとこうしてタイトルを獲ることにより、彼らはクラブのレジェンドとなっていく。彼らが残してくれたものは非常に大きい。そして、これから引き継いでいく選手たちは浦和レッズの重さをしっかりと体感しながら、責任感を持って来シーズンにさらに高いものを求めていかなければいけない」 世代交代の過渡期にある浦和のなかで受け継がれていく魂が、全員で手にした天皇杯に凝縮されている。最後に眩いスポットライトを独占した槙野は、自らを「お祭り男、エンターテイナーですからね」と自画自賛しながら、こんな言葉も残している。 「どのチームに行っても、どのカテゴリーに行っても最後の最後まで泥臭い姿をファン・サポーターのみなさんに見せるのが、僕の使命だと思っています」 脳裏に思い浮かべているのは、愛してやまない浦和の敵として対峙する光景か。つかの間のオフに入るサッカー界で、新たなドラマの序章はすでに幕を開けている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)