「ロマンだけで酒造りはできない」ーー被災から12年、世界に挑む東北の老舗酒蔵 #知り続ける
「昔ながら」から脱却し機械化、効率化を徹底
今年の2月初旬、寒さが和らいだ冬日和にその川崎蔵を訪ねた。朝9時半、仕込みに使う米約1トンが蒸しあがる。明るく広々とした作業場が一気に熱を帯びた。ウィンチで引き上げられた蒸米を、次々に麹室へと運び込んでいく。 裸電球の薄暗い作業場で、職人が手作業で釜を掘る――。そんな昔ながらの蔵の姿はそこにはない。 設備の機械化を進め、労働時間を短縮して技術レベルを向上。冷蔵庫棟を建設して保管状態にもこだわる。蔵人たちの味覚の研鑽も欠かせない。数十種類の地酒の利き酒を短い間隔で3回行って味覚の再現性を高める通称「サーキット」を日々繰り返した。そんな品質への努力が新澤の名を広めていった。
全国最年少の女性杜氏誕生
そしていま、酒造りを担うのは多くが若い蔵人たちだ。この日案内してくれた渡部七海(27)は短大の醸造学科を経て2016年に入社した。そして2年半後の18年には、新澤からバトンを受けて酒造りの責任者である杜氏に就いている。就任時22歳は全国最年少の女性杜氏だった。渡部は言う。 「突然、『来年からよろしく』って。驚きました。酒販店さんも飲食店さんも味の信頼があるから新澤の酒を扱ってくれています。そんな方々をがっかりさせられないプレッシャーはありました。でも新澤醸造店は皆が意見を言い合っていいものをつくろうとする土壌がある。周りの人も背中を押してくれました」
杜氏就任直後には一部で「話題作りでは」との声も聞かれた。だが、新澤はそれを明確に否定する。 「彼女は利き酒の感性が僕と同じでした。そして、利き酒で感じた味のズレの原因を探ることができた。味覚や嗅覚は年齢とともに衰えるから、いま一緒なら数年後には僕は負けます。引き継ぐなら今のうちだと。それに、僕は入社から20年近く試行錯誤して、2016年に初めてコンペで1位を取りました。一方、18年にベルギーのコンペで最高賞を取った酒は杜氏になる前の彼女が造ったもの。入社2年で世界一です。社長だから私が賞状を受け取りますが、技術者の立場では別の職人が取った賞状をもらいたくない(笑)。今は現場を離れたから、彼女が取った賞状も頂けるようになりました」