「ロマンだけで酒造りはできない」ーー被災から12年、世界に挑む東北の老舗酒蔵 #知り続ける
杜氏就任後も渡部は、名のあるコンペの最高賞を次々に受賞。新澤は「酒質が明らかに上がった」と表現する。渡部自身はさらりと言う。 「どんなときも品質に特化させてもらえたことが一番です。コロナ禍でもジタバタせず、酒造りだけに集中できた。これからもいい酒で返すしかないですね。酒造りはチーム戦です。杜氏として強いチームをつくることがこれからの目標です」
去年、新澤醸造店はイギリスの伝統あるコンペ「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の日本酒部門と、その年に開催された有力な日本酒コンテストの受賞実績をポイント化して集計する「世界酒蔵ランキング2022」でそれぞれ1位となり、「世界一の蔵」の評価を得た。 ただ、安住はしていない。今年1月には、限定679本・定価125万円(税別・500ml)という驚きの酒を売り出した。最大の特徴は精米歩合で、「0.85%以下」だという。精米歩合とは日本酒の原料となる玄米を削って残った部分の割合のことで、60%以下で吟醸酒、50%以下は大吟醸酒と分類される。小さく精米することで雑味が少なくクリアな味になるが、米は削るほど割れやすくなるため、安定して小さく削るには高い技術力が必要になる。ちなみに精米によって出た米ぬかは、こめ油の原料、飼肥料、ぬか床などに利用されている。 新澤醸造店は2009年、当時の最高精米歩合となる9%の酒を売り出したトップランナーだ。そして18年には、それを大きく更新する精米歩合0.85%の「零響 -Absolute 0-」を開発した。 今回の新商品はそれをさらに下回ったものだ。シークレット商品との位置づけで公式サイトにも最小限の情報しか掲載していない 。新澤はこれまで、米はどこまで磨けるのか、どんな味になるのかと思いを巡らせながら超高精米の酒造りを続けてきた。 「これも世界一の称号を取れたらこんなものを出したいなと、4年前から精米機を連続稼働させるなど技術的な試行錯誤を重ねてきました。『世界一』の称号は結果ではなくてスタートにしなければならないという思いです」 誰もやっていないことを、考えるのが好き。新澤はそう熱を込める。 日本酒はいま、多様化の時代を迎えている。精米技術の向上はもちろん、酵母や麹菌に対しても徹底的な科学的アプローチが行われるようになった。先述の日本の酒情報館館長・今田周三は言う。 「先進技術の探求と、逆に伝統製法の応用などによって日本酒の可能性は広がりました。国内市場は苦しい状況が続いていますが、輸出は大きく伸びるなどチャンスもある。各蔵が独創的なアプローチでどんな酒を生み出してくるか、苦しいなかでも楽しみな時代ともいえるでしょう」 創業150年、そして、震災から12年。新澤醸造店の酒造りはこれからも続く。
ーーー 川口穣(かわぐち みのり) ノンフィクションライター。1987年、北海道札幌市生まれ。大学卒業後、青年海外協力隊員としてウズベキスタン共和国に派遣、同国滞在中の2011年にライター活動を開始。山岳雑誌編集者を経て、現在は雑誌・ウェブなどで取材・執筆。著書に『防災アプリ特務機関NERV』(平凡社)。宮城県石巻市の災害公営住宅向け情報紙『石巻復興きずな新聞』副編集長も務める。