江戸時代は日本の「近代」の始まり? 新しい歴史観から見えてくるもの
世界システムの中の島国
しかし京都学派を代表する歴史家内藤湖南は、現在につながるものとしての歴史に応仁の乱以前は不要である、と述べている。すなわち同じ武家の時代、封建制度の時代でも、日本の歴史は、応仁の乱とそれにつづく戦国時代の前と後で大きく分かれるということだ。 フランシスコ・ザビエルもルイス・フロイスも、16世紀の日本文化をヨーロッパに匹敵する、あるいはそれ以上のものとして高く評価している。鉄砲に使われる火薬となる硝石はまさにこの世界システムによって日本に持ち込まれた。また石見銀山は当時の世界で流通する銀の3分の1を供給したとされる。16世紀の日本は世界システムの一部に組み込まれつつあった。 ただし、蒸気機関と鉄の量産による産業革命、そしてその基礎になるガリレイやニュートン以来の科学革命に遅れをとったことはたしかである。そしてそういった宗教から科学へという認識方法の変化に歩調を合わせた、デカルト、カント、ヘーゲルなどの近代哲学と、ルソーやモンテスキューなどの民主主義思想の成立にも遅れをとっていた。つまり「世界」を舞台にしたヨーロッパに比べて、日本の江戸時代は極東の「島国」のユニークな近代であった。
現在は近代の第4期
では日本近代の第2期はいつかといえば、これは明治維新(1868年)から太平洋戦争の終戦(1945年)までとすることに異論はないだろう。赤煉瓦に象徴される西欧文明と、鉄と燃焼動力に象徴される近代文明を一挙に取り入れた時代である。文明開化から富国強兵に向かい、アジアで唯一の先進国となったが、満州から中国に侵入し、アメリカと戦って失敗した。 第3期は、敗戦(1945年)から1990年前後までと考えている。アメリカ文化が流入するとともに、経済は復興から成長に向かい、トヨタ、ホンダ、ソニー、パナソニック、ニコン、セイコーなど世界を牽引するものづくり企業が輩出し、日本技術圧勝時代が到来する。90年前後は、ベルリンの壁の崩壊すなわち冷戦構造の終焉、昭和天皇の崩御すなわち激動の戦前戦後時代の終焉、バブル経済の崩壊と、三つの「崩れ」が重なった。その後の経過を見ても、日本はそれ以前の復興・成長時代とは大きく異なる状態になっている。 1990年以後の現代は、日本近代の第4期としていいだろう。インターネットの時代となり、工業技術で日本に抜かれたアメリカはネット産業で再び覇者となり、中国と韓国が急成長し、日本は凋落した。今の日本は、単なる行政の改革を超えて、かなり腰を据えた国民の意識改革を必要としているような気がする。