ネット中傷被害問題を考える リアル権力がサイバー空間の「個室の群衆」を取り締まる意味
政府は3月、インターネット上での誹謗中傷への対策を新たに盛り込んだ犯罪被害者支援の基本計画を策定し、閣議決定しました。恋愛リアリティー番組に出演していたプロレスラーの女性がSNSで中傷された後に死去したことを受けた対策と考えられます。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、このような誹謗中傷を行った人物を警察が取り締まることについて「今の社会に大きな意味をもつ」と考えます。若山氏が独自の視点から論じます。
匿名のナイフ
ナイフで人を傷つければ犯罪だ。言葉で人を傷つけても場合によっては犯罪だ。インターネットの書き込みで人を傷つけた場合はどうだろうか。 見なければいいという人もいるがそうもいかないようである。本人が見なくても不特定多数の人が見るのだから、名誉毀損になることもあり、やはり場合によっては犯罪だろう。 報道によると、テレビに出演していたプロレスラーの女性を自殺に追い込んだツイッター投稿の件で、二人目の男性が侮辱罪で起訴された。彼女が出演していたテレビ番組「テラスハウス」もその投稿も直接見ていないので詳しいことは分からないが、僕にはこういった立件が、今の社会に大きな意味をもつように思われた。ネットの反応は立件におおむね好意的で、SNS上の誹謗中傷に心を痛めている人が多いことを示している。 実際、インターネット上の匿名の書き込みは、実名ではとても書けないような、特定の個人あるいは機関や国家をそしる言葉がまかりとおっている。匿名の発言には匿名のメリットもあり、テレビや新聞の「タテマエ」とは異なる「ホンネ」が可視化されることもあるし、常識の裏に隠れた鋭い達見が出されることもある。しかし、姿を隠した人間はここまで口汚くなれるのかと思うほどの言葉も多い。しかもそういった書き込みをするのは、膨大なネットユーザーの中のごく一部の人たちであるという。その一部の人たちによる害悪が広く撒き散らされるのだから、取り締まることに理がないとはいえないだろう。人間は、言葉を媒介とする社会的な生き物なのだ。