「風土」と「文化」をめぐるジレンマ 中国の軍事的拡張を考える
アメリカのバイデン大統領が4月28日、就任後初の議会での施政方針演説を行い、中国への対抗姿勢を鮮明にしたようです。また、演説に先立って開かれた日米首脳会談の共同声明も、半世紀ぶりに台湾に言及するなど、中国を強くけん制する内容となっています。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、現在の中国の政策について「風土と文化の違いを無視して一つの価値観を押しつけているように見える」といいます。若山氏が独自の文化力学的な視点から論じます。
台湾問題
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」と漱石はいった。 緊急事態宣言を出さなければ感染者がふえる。出せば飲食店などが悲鳴をあげる。中国の軍事的拡張に強く出なければ領土がおびやかされる。 強く出れば経済関係がむずかしい。 世の中はこうしたジレンマに満ちている。にもかかわらず世の中は一方的な主張に満ちてもいる。 菅総理が渡米して日米共同声明に台湾の問題が明記され、またこのほどのG7外相会合でも台湾の問題が取り上げられた。東アジアの安定のために日米は同盟を強化すべしという人もいる。米中の争いに日本が巻き込まれるという人もいる。事情通によれば「台湾海峡の平和と安定」「両岸問題」といった用語はこれまで中国側が使ってきたもので、中国の反発は日本のマスコミが騒ぐほどではないともいう。 たしかに最近の中国は、南シナ海の軍事基地化、尖閣諸島周辺への頻繁な侵入など、海への拡張が露骨になっており、ウイグルや香港の人権問題も欧米では大きく取り上げられている。こういった状況に対して、日米だけでなく、日米豪印のいわゆるクアッドにヨーロッパ各国も参加するという包囲網のような趨勢だ。あたかも日本を含む8カ国連合が鎮圧した義和団事件(1900年)を彷彿とさせるが、もちろん中国の力は当時の清国とは比べ物にならない。また中国はいわゆる西側先進国=G7以外の途上国に対しては、経済とワクチンの外交攻勢によって友好国を増やしている。 僕はもとより軍事の専門家ではないので、ここではこの中国の拡張とその包囲について、専門である建築を起点に、風土論的かつ文化論的な考察を行ってみたい。こういった問題には、時に大きくカメラを引いたワイドなスコープも必要ではないか。 台湾は欧米で「フォルモサ」とも呼ばれる。ポルトガル語で「美しい島」という意味だ。最初に発見した船乗りがそう呼んだという。僕は、父が台湾電力の技術者であったため、太平洋戦争後の引き揚げが遅れているあいだに、その「美しい島」の、先に列車事故があった、花蓮という港街で生まれた。 先にタロコ号の悲惨な列車事故があったところだ。太魯閣(タロコ)とは、花蓮から台湾山脈の山中に向かって、大理石の荒々しい岸壁がつづくダイナミックな大渓谷で、近くにこれだけの景勝があるのに日本人があまり見に行かないのは損だと思わせるほどである。父はその渓谷の途中にある立霧発電所の技術責任者であった。 生まれた土地が戦火にまみれることは阻止したい。美しい島はいつまでも美しくあるべきだ。