縄文人はどこから来た? 遺伝をめぐる“誤解” 古代ゲノム研究から見えてきたこと #令和の人権
「何万年も前に日本列島にたどり着いた人たちを『日本人』と呼べるのか。僕ら研究者は、『日本列島に住んでいる/住んでいた人』という言い方をすることが多いですね」 遺伝子のスケールで考えれば、国民国家が形成された時代などごく最近だ。 「日本人に限らず、地球上に『純○○人』はあり得ない。それをユニバーサルな感覚と捉えて心地いいと思う人もいれば、『日本人』を太古からの一つの血のつながりの集団みたいなものだと思っている人は、僕が言っているようなことは不快だと感じるかもしれません」
ゲノム科学が「現代社会に生きる私たちの『人種』の認識を変えていく」
遺伝子検査キットの話に戻るが、「祖先解析」に「ハプログループ」という言葉が出てくる。筆者があるキットを利用してみたところ、祖先は「ハプログループB」と出た。日本人の8人に1人が該当する、2番目に多いグループだそうだ。 太田さんによれば、「ハプロ」とは「片方の側からの」という意味で、対義語は「デプロ」(両方からの)だ。母系しか伝わらないミトコンドリアDNA多型で分類されるので「ハプロタイプ」とか「ハプログループ」と呼ばれる。日本人集団では10から20もの種類が見られ、多い順にD(D4、D5)、B(B4、B5)、M7(M7a、M7b、M7c)……といった具合。 「僕はこれがあまり好きじゃなくて。タイポロジー(個人を類型化して把握しようとすること)だと思っているので。消費者に伝えておくべきこととしては、タイプの出現頻度は時代とともに変わっていきます。今はグループDが一番多いけど、いずれ変わるし、縄文時代はM7aとN9bがほとんどだった。だから、どう物語るかによるんですよね。グループBなら、『3千年前に日本列島に入ってきたグループですよ』とも言えるし、『1万年前に誕生したグループで、オセアニアに行った人たちと同系統ですよ』とも言える。消費者がどのように受容したいかによると思うんです」
筆者が利用したサービスでは、「ハプログループB」は「約4万6千年前に、ユーラシア大陸を海岸沿いに移動してきた集団の中から、インドシナ半島で誕生した」後、「環太平洋に沿って南米の方まで、南の方はポリネシアの方までと幅広く拡散したと考えられています」と書かれていた。要するに、判明するのは、自分が分類されるハプログループが発生した地域と移動ルートということになる。 とはいえ、それを知るだけでも、今ここにいる自分という存在は、途方もない時間のなかで他人同士が出会い、混じり合った結果であると感じることができた。娯楽の一種だと割り切れば、はるか遠い祖先に想いを馳せるロマンは悪くない。 今後、ゲノム科学はますます進化し、遺伝子検査もよりカジュアルになっていくだろう。「自分の遺伝情報をどのように受け入れるか」といったことも考えなくてはならない時代がやってくる。遺伝情報を差別や偏見と結びつけないためにはどうすればいいのか。 太田さんは、遺伝と個人の関わりについて、著書でこのように書く。 〈DNAで個体識別や身元調査することは可能である。しかし、逆にいえば、頑張らないと差違を検出できないくらいヒトは均質だ。それゆえ現代科学において生物学的な意味で『人種(race)』の存在は否定されている。そして、一人ひとりの個人のアイデンティティは、DNAの系譜の中にあるわけではない。その人が生きてきた歴史の中にある〉(『ゲノムでたどる古代の日本列島』)