縄文人はどこから来た? 遺伝をめぐる“誤解” 古代ゲノム研究から見えてきたこと #令和の人権
「遺伝学的には『人種』の概念は否定されています。そんなことはもう常識なんだけど、そういった遺伝子検査が『人種』というアイデア(概念)を再生産しているようなところはありますね」 では、病気予防に利用するなら問題ないのか。 「そもそも病気は環境要因が大きいし、遺伝性があることと遺伝的に決まることは一致しないのに、そういった基本的なことを理解しないまま、重篤な疾患を予告されたらどうするのでしょうか。僕は遺伝カウンセラーの充実が必要だと思っていますが、医療従事者の介在なしで医学的な情報を受け取ることについて、十分に対策されていないと思います」 欧米や韓国、オーストラリアなどでは、遺伝情報による差別を禁止したり、医療以外での検査を制限したりする法律を定めている。日本では、2023年に成立した「ゲノム医療推進法」で、医療分野での遺伝情報の保護と差別等への適切な対応が定められたが、それ以外は未整備だ。 この数十年で遺伝についての研究が大幅に進んだ。中学校や高校の教科書も少しずつ変わっている。しかし、大人になった後に遺伝について学び直す機会はほとんどない。 「日本では長い間、ヒトの遺伝学は忌避されてきました。差別を生むからという理由です。『ヒトの遺伝については教科書に書くな』という主張は強かったし、僕もかつて言われました。でももうそういう状況じゃない。むしろ、ちゃんと理解することが重要です。遺伝は怖いものではなく、みんなが持っている情報なんです。ゲノム教育をきちんとしたほうが、差別を乗り越えられると思います」
縄文人は南回りルートで来た? 地球上に「純○○人」はあり得ない
ゲノムとは「生物の遺伝情報の総体」だ。遺伝情報の本体はDNAという物質。長い紐状のDNAはヒストンというタンパク質に巻き付きながら小さく折りたたまれ、染色体を形作る。染色体は細胞核の中にある。 太田さんは、古代DNAから「人間とは何か」を探る研究をしている。具体的には、考古遺跡などから出土する人骨のDNAを解析し、人類集団における遺伝子のバリエーションを研究する。 約30億もの塩基対で構成されるというヒトゲノムの解読計画が完了したのが2003年。遺伝子の変異がデータベース化されて、包括的に参照できるようになった。加えて、ネアンデルタール人のゲノムが解読され、それと比較することで、ホモ・サピエンス固有の変異が明らかになった。 太田さんは、1992年に古代DNAをテーマとして研究を始めた。1997年に東大で博士号を取った後、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所に留学したが、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスヴァンテ・ペーボさんは、同研究所の創設者の一人である。太田さんも親しく接した。 「ゲノム人類学は新しい学問です。ホモ・サピエンスの起源はアフリカだと科学的に言えるようになったのはたった30年前。それまでは、アジア人は北京原人の子孫だといった仮説を支持する研究者も多かったし、検証することも難しかった。アフリカ単一起源で固まったことによって、あいまいだったことがはっきりしてきたんです」