大震災もコロナも乗り越えたのに「今がどん底」――資金繰り悪化で苦境、「イカ王子」の再出発 #知り続ける
東日本大震災から13年になる。各地で復興は進み、津波で甚大な被害を受けた沿岸部も活気を取り戻しつつあった。ところが、今、東北の水産業は過去最悪とされる不漁に見舞われ、事業者は厳しい経営を強いられている。東日本屈指の水揚げを誇る岩手県宮古市もその一つだ。震災後のまちを元気づけようと、「イカ王子」という愛すべきキャラクターを生み出した水産会社も昨年秋、民事再生の手続きに入った。水産のまちで何が起きているのか。踏ん張れるのか。現地へ向かった。(文・写真:永吉聡/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
大震災もコロナも乗り切ったのに 待ち受けていた「民事再生」
「これまで、三陸の水産物のPRに魂を燃やしてきました。宮古のおいしい食べ物を知ってもらおうと奮闘してきましたが、つい先日も従業員が辞めてしまって……1人、また1人と」 岩手県宮古市の水産加工会社「共和水産」の代表取締役専務、鈴木良太さん(43)はそんなふうに語り始めた。震災後、宮古全体の水産業を立て直そうと走り回ってきたのに、肝心の自社事業の業績が悪化。盛岡地方裁判所に民事再生法の適用を申請する事態に追い込まれたのだ。民間の信用調査会社によると、負債総額は9億円余り。主力商品の原材料であるイカの記録的不漁とそれに伴う原材料費の高騰に加え、エネルギー価格の急騰が資金繰り悪化の原因だったという。 「でも、へこたれてはいられません。ここからが再出発です。第2章ってやつですね」
鈴木さんの名前は知らなくても、宮古市で「イカ王子」というキャラクターを知らない人はほとんどいないだろう。イカ王子を名乗り始めたのは震災の半年後だった。自社商品に「王子の~」などの名前をつけて販売を始めたところ、SNSなどで評判を呼び、売り上げが次第に増えていく。地元の新鮮なタラを使った「王子のぜいたく 至福のタラフライ」は人気の定番商品となった。 自社商品の売り込みだけでなく、イベントやメディアの取材があれば、金色の王冠とイカのTシャツを着用して登場。宮古全体の水産のPRにも精を出した。宮古港のマダラ水揚げ量は全国トップクラスだ。2016年まで6年連続で日本一。イカやウニ、カキなども宮古の特産品だ。そうした新鮮な魚介類に知恵を絞った加工を施し、生よりおいしい加工品として全国に流通させてきたのが宮古の水産事業者たちだ。共和水産の業績も震災前を上回るほどになっていた。 イカ王子が今の状況を打ち明ける。 「今年、父から正式に代表取締役社長を継ぐ予定でした。震災やコロナ禍など大きな壁を乗り越えてきたのに、ここで民事再生を選択せざるを得なくなって本当に苦しい。主力商品の原材料はイカですが、あまりにもイカが取れなくなって……この選択しか残りませんでした」 農林水産省の統計によると、スルメイカの漁獲量は2022年、全国で2万9700トンにとどまり、比較可能な1956年以降では最低だった。ピークだった1968年と比べると、実に95.6%の減少だ。スルメイカに限らず、漁獲量の減少はサバやサンマなどの主力魚種にも及び、東北の漁業を苦しめつつある。