農薬開発の環境安全性は、メダカと藻類と外来ミジンコで測られている
学生時代、生物の授業で登場し、観察したミジンコを覚えていますか。そのミジンコが農薬開発の環境安全性を測る世界標準の生き物の代表として使われているのを知っている人はあまりいないでしょう。しかも実験用に使われているのは、米国原産のオオミジンコです。 そもそもなぜオオミジンコが、全世界的に農薬の実験に使われているようになったのでしょうか? さらに農薬生態リスクの実験の内容とその問題点などを国立研究開発法人国立環境研究所の五箇公一さんが解説します。
農薬の安全性はどのように確かめられているのか
筆者は、現在の勤め先である国立環境研究所に就職する前は、民間企業の農薬研究部門で殺虫剤を開発する仕事に携わっていました。虫を含めた野生生物を守るために農薬規制を考える現在の仕事とは真逆の、虫を減らすための研究を一生懸命していたことになります。もっとも、農薬を十把一絡げに「悪者」にすることは、今の人間生活、特に日本人の生活を考えた場合、簡単に頷ける話ではないと、農薬のリスク評価に関わるものとしては考えます。農薬は恐い、危ないと思う人は多いとは思いますが、食品に含まれる天然のものであれ、人間が石油化学でつくりだしたものであれ、どんな化学物質にも大なり小なりの有害性があります。問題はその使用量や摂取量によって、その有害性が人間にとって、あるいは生物にとって、影響を及ぼし得るか否かが決まるという点にあります。 農薬とは、農作物に有害な昆虫(害虫)や菌(病原菌)を減らすための薬です。害虫や菌という生物に影響する薬なのだから、当然、害虫や病原菌以外のいわゆる非標的生物にも影響する可能性は高くなります。農薬も開発を重ねるに連れ進化して、最近では病害虫にだけよく効く薬も開発されるようになってきました。環境や生態系に対する配慮が求められる時代となり、安全性の高い薬剤が求められる市場に対して 製薬会社も利益を得るために、より安全性の高い薬の開発に力を入れるようになったのです。 では、農薬の安全性はどのように確かめられているのでしょうか? 私たち人間に対する安全性は、哺乳類のマウスやラットに対する様々な毒性試験のデータによって、その安全性が確かめられます。これは基本的には医薬も農薬も同じです。環境保全のため、人間以外の野生生物に対する影響、すなわち生態リスクも評価する必要があります。しかし、この地球上には、4000万を超える生物種が存在するとまで言われており、これだけ膨大な数の様々な生物種に対する影響をひとつひとつ試験して確かめていては、100年たっても新しい薬を開発することはできないでしょう。 そこで、現在、世界では、ビーカーで試験可能な水生生物を、野生生物の代表選手とみなして、これらの代表生物に対する農薬の影響を調べて、生態リスクを「推測」するという方法がとられています。その「生物の代表選手」=「試験生物」として選ばれているのが、藻類とよばれる植物プランクトン、ミジンコという動物プランクトン、そして日本を代表する小魚のメダカ。これら3種の水生生物が、農薬の生態リスクを試験するための標準的な生物と世界的に認定されています。 これら3種の水生生物を使ってどのように生態リスクを評価するかといえば、薬剤を溶解させた水を入れたビーカーでこれらの水生生物を1日~数日間飼育して、水生生物の増殖力や運動能力に対する影響、あるいは生死の割合を測定して、各種ごとに影響が現れる濃度を検出します。この影響が現れる濃度が低ければ低いほど安全性の低い農薬となります。 藻類、ミジンコ、魚類(メダカ)が世界的に認定されている試験生物と書きましたが、では、いったい誰がそんなこと決めたのでしょうか? これは偉い生物学者が独りで勝手に決めたことではなく、世界中の国々から集まった政府関係者や研究者の会議の結果として決められています。