「イスラム国」崩壊後のイラク 隔絶された妻たちの今 過去から逃れ 行き着いた場所 #ニュースその後
残虐なテロで世界を震撼させた過激派組織「イスラム国」(IS)。最盛期にはイラク、シリアの領土の一部を実効支配し、一般市民を斬首したり、人質に生きたまま火をつけたりして殺害し、女性を性奴隷にするなどの蛮行を繰り返した。2015年1月には日本人ジャーナリストらも犠牲になり、こうした凄惨さは日本人にも大きな衝撃を与えた。イラクでの最大拠点だったモスルが2017年に陥落し、勢力は衰えたとされるが、さまざまな事情で「イスラム国」に関わった人たちが各地で隔絶され、今も孤立した状況にあるという。イラクで20年以上、人道支援を行う高遠菜穂子さんの実態調査に同行した。(文・撮影:ライター、ディレクター・伊藤めぐみ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
故郷を離れ 郊外の荒地が残された「居場所」に
過激派組織「イスラム国」がかつてイラク側の拠点とした北部の街・モスル。その南西の郊外の地区に、コンクリートブロックで作られた簡素な家が数十軒建ち始めていた。周囲には荒涼とした大地が広がり、汚水の水たまりがある。夜には野犬も出るという物寂しい場所だ。 しかし、この不便で不衛生な場所を、わずかに残された「居場所」にしている人たちがいる。「イスラム国」戦闘員の妻子たちである。
「夫が『イスラム国』に入っていましたが、すぐに離婚しました。夫とはその後、連絡は取っていないし、戦闘で死んだと聞いています」 青白い顔をした30代くらいの女性がアラビア語で答えた。離婚後、5人の子どもを女手一つで育てている。生まれ育ったイラクの小さな村から、あえてここへ引っ越してきたのは働き口が多いためだという。 「近所付き合いはありません。朝の6時半からお菓子屋で働いていて忙しいからです」 女性はそう説明するものの、表立って口には出せない、もう一つの理由がある。「『イスラム国』戦闘員の妻」という過去から逃れるためだ。イラクで長年、人道支援活動を行う高遠菜穂子さんが、女性の言葉に日本語で付け足した。 「『彼女らは『イスラム国』関係者だ』という周囲の目があって、女性は引っ越さざるを得なかったのでしょう。なかなか本音は話しませんが、自分のことを誰も知らない土地に住みたかったのではないかと思います」 イラクでは今、「『イスラム国』戦闘員の妻や子だった人たち」が、地域の住民から拒絶されるという問題が顕在化している。 高遠さんはイラクで20年以上、人道支援を行ってきた。2023年10月、イラク各地に足を運んだのは「イスラム国」戦闘員だけでなく、関係者の妻子や元少年兵について実態調査を行うためだった。