「イスラム国」崩壊後のイラク 隔絶された妻たちの今 過去から逃れ 行き着いた場所 #ニュースその後
実際に「イスラム国」関係者の妻子が住むテントが放火された、石を投げつけられた、弱い立場につけこまれ治安部隊に性暴力を受けた、という報道もある。今回の高遠さんらの調査で、このような深刻なケースの話は出なかったが、出身地に帰ることで今なお軋轢(あつれき)を生んでいるのは確かだった。 同じくアンバール県出身の60代の女性は、「イスラム国」メンバーだった疑いで息子が刑務所にいるとして、こう強く訴えた。 「息子はメンバーだったわけではありません。私たちが所属する部族の部族長が反政府の運動に参加していて、その部族長に協力していただけなんです」 息子はメンバーと疑われて逮捕された。そこで息子とは離れ、その後、「イスラム国」も壊滅状態になったが、女性たちは新たな人生の再出発とはならなかった。 「息子に『イスラム国』メンバーである疑いがあったので、どの地域でも私たち家族は受け入れてもらえなかったのです。11回も引っ越しをさせられました。受け入れを拒んだ地区長を殺してやりたいくらいの気持ちです」
女性は地区長に賄賂を払い、どうにか今の土地に住むことができるようになった。ただ、近所の人たちは今でも自分に話しかけようとしないという。 「私には娘の問題もあります。娘の夫は『イスラム国』のメンバーになりました。娘は夫についていきませんでしたが、イラク政府は娘もメンバーとして指名手配をしています。娘は今、隠れて生活していて、子どもたちは学校にも行けない状況です」
家族をISに殺された地域住民との軋轢
イラク政府に救済措置の用意がないわけではない。「タブリヤ」という離縁状のような宣言書だ。夫や息子が「イスラム国」に参加していたと認め、かつ自分は夫や息子の行為を非難する宣言書を裁判所に提出すると、「イスラム国」とは関係がないことが認められ、政府の支援を得られるようになる。 しかし、実際にそれを実行できる人ばかりではないとアンバール県出身の男性が解説する。 「(前出の60代の女性の場合のように)自分の家族が本当は『イスラム国』メンバーではないのに、救済を求めてタブリヤを出す。すると、家族がメンバーだったと認めることになってしまうし、周囲からは『やっぱりメンバーだったんだ』と差別される。そうなるのを恐れて、出せないでいるのです」 また、イスラム教徒としての家族観も影響しているという。 「自分の息子をメンバーだと認めて、『処罰してくれ』とは言える。でも『自分の息子ではない』と縁を切ることだけはできない。そう解釈する人たちがたくさんいるんだ」 一方で、受け入れを拒む地元住民にも理由がある。「イスラム国」に家族を殺され、生活を破壊された人たちが大勢いるためだ。