【豪SNS禁止法成立】なぜSNSが「子どもの心」を不安定にするのか? 超進学校・開成の元校長が中高生に薦めたい一冊を語る(レビュー)
■中高一貫教育の6年間を2年ごとに見ていくと…
この6年間、という時期について付け加えますと、私は中高一貫教育には一理あると思っています。彼らは「子供」とも「大人」とも言い切れぬ6年を過ごすわけですが、最初の2年は「自分とは何者か」を知ってゆくことに彼らの関心の焦点はあるように思います。ですからこの時期に仲が良くなった子とは生涯付き合いが続くことが多い。 次の真ん中の2年は、同じ友人関係の下でそれこそ自分探しの時期です。性的な成熟も進みおぼろげながらではあれ、自分が将来何になりたいか、どんなことならできるかを考える時期です。高校受験がなければゲームでもプラモデルでも好きなことをやる中で、「これならやってみたい」「これならできる」といったことを見つけてゆく時期です。ですから「勉強しろ」と言ったところで無駄です。好きなことをやらせればいいと私は思います。 最後の2年間は、そうやって好きなことを模索した結果として、具体性が見えてくる時期です。見えてくればスイッチが入ります。やりたいことをやれるポジションを得るためにはどうすべきか、その時期に入ってようやく考えるところに辿り着く。競争心が生まれる。競争心が生まれれば自然にがんばるようになるのだと私は思います。 今の時代はスマホやSNSなどさまざまな新しいものに溢れているように見えますし、本書でも現代ならではのさまざまな危険に対する警告がなされています。しかし技術が進歩し、平均寿命が延びても、成長段階での成長のスピードは遥か古代から変わっていません。100年以上前に出版されたヘルマン・ヘッセの『デミアン』を読めば青年期の心象風景は変わらないものだと確認できるでしょう。 『メンタル脳』は、そうした若者たちの「変わらぬ葛藤」に寄り添った一冊だと言えます。若者たちにこの本を手に取ってもらい、自分一人が葛藤しているのではないことを知ってもらいたいと思います。 *** 『メンタル脳』の著者の一人、ハンセン氏のベストセラー『スマホ脳』で紹介されているエピソードは今や有名だろう。 2010年、アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏は最初のiPadの製品発表会を開く。いつものように、その商品の革命性を自画自賛するジョブズ氏。その彼にニューヨーク・タイムズ紙の記者がこんな質問を投げかけた。 「自宅の壁は、スクリーンやiPadで埋め尽くされてるんでしょう?」 返って来たのは意外な答えだった。 「iPadはそばに置くことすらしない」 ショックを受けている記者にジョブズ氏は続けて、iPadはおろか、すべてのデジタル機器について、わが子のスクリーンタイム(視聴時間)を厳しく制限していると伝えたのだ。 この点においてジョブズ氏が変わり者というわけではない。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏も、子どもが14歳になるまでスマホを与えていない。 さらに、フェイスブックの「いいね」機能を開発したジャスティン・ローゼンスタイン氏は、「依存性ではヘロインに匹敵するから」として、本来は保護者がわが子の使用を制限するためのアプリを自身のスマホにインストールしたという。 こうしたことを前提としている欧米と比べると、日本人の危機意識は低いかもしれない。しかし日本は匿名での利用率が極めて高いとされ、それはそのまま誹謗中傷やいじめの場となるリスクを高めることとつながっている。 「食」「環境」「医療」といった分野においては、日本では「安心と安全は異なる」という意見が一定の支持を集め、過剰な予防策に走るケースが見られてきた。ところがことスマホやSNSの悪影響という問題となると、「騒ぎ過ぎ」といった空気が強く、対策は講じられていないに等しい。その間に親たちはわが子を守る道を自ら考えなくてはいけないということだろうか。 [レビュアー]柳沢幸雄(工学博士。東京大学名誉教授。開成中学・高校元校長。北鎌倉女子学園学園長) 1947年生まれ。工学博士。東京大学名誉教授。開成中学・高校出身、東京大学工学部卒。シックハウス症候群研究の第一人者であり、ハーバード大学大学院准教授・併任教授、東京大学大学院教授などを経て2020年3月まで開成中学・高校校長。現在は北鎌倉女子学園学園長を務める。 協力:新潮社 新潮社 Book Bang編集部 新潮社
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