伊那谷楽園紀行(16)一度きりだったはずのばんざーい!
この連載の始めで書いた、ぼくの飯田線の旅からしばらく後のことだった。ひとつの新聞記事が目に止まった。その年、飯田線の伊那市駅は開業から100周年を迎えて、様々な記念行事が開催されていた。記事には、一年を通して開催される行事の中で、7月に「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」という催しが開かれることが記されていた。それは『究極超人あ~る』のアニメでのクライマックスを、再現しようというものだった。その年の7月28日に、飯田線田切駅に集合。アニメのように午後5時に田切駅をスタートして、1時間で伊那市駅前を目指すというもの。 【連載】伊那谷楽園紀行 このイベントを思いついたのは、先にこの連載にも登場した伊那市役所の牧田豊。そして、その提案にすぐに乗ったのが、伊那市創造館の捧(ささげ)剛太であった。伊那市役所の自転車を楽しむ職員でつくる「Cycle倶楽部R」を主宰する牧田は『究極超人あ~る』のファンの一人でもあった。地元という気安さもあり、牧田はアニメを観るとすぐにアニメで描かれたように、1時間で田切駅から伊那市駅までを走り抜くことができるかを試してみたくなった。ふたつの駅の距離は約17.5キロ。 賛同した仲間たちとともに、走ってみたところ、もっとも速い人は36分。真面目に走った人は、例外なく1時間で完走することができた。それっきりになっていたアニメの再現。それを、伊那市駅開業100周年の催しの一つとして、広く呼びかけたら楽しいのではないか……。 「せっかくの100周年のお祭り。面白いことをやってみたい」 それが、牧田や捧に共通した思いだった。市役所や地域の人々も、すぐに賛同した。たいていの人は『究極超人あ~る』を知っていたし、そうではない人も「そんな面白いアニメが!」と、なにか面白いことが起こることを期待して賛同したのである。 そんな勢いだけで始まった計画ゆえに、参加者募集の告知も遊び心に満ちていた。 開催主旨には、次のような言葉が記されていた。 これを期に関係者・参加者全員が正気に戻ることを祈念します。 建前上は、公も絡むイベントのはずなのに、遊び心が存分にちりばめられていた。参加者は申込みをした後は、指定の時間に飯田線田切駅に集合。そこから出発した後は、まったくの自由。「好きな角を曲がってください」「ゴールゲートやゴールラインはありません。が“西園寺ツーリスト(註:作中に登場する伊那市駅前にあるとされる旅行代理店。現実には眼科医院がある)”の辺りが、ゴールっちゃあゴールです……。そういえばスタートラインもないです」。 そして、ゴールした後は「伊那市駅100周年ばんざーい! をして解散」と記されていた。 「こんな、バカバカしい面白いことを、やるのはどんな人たちなのだろう」 申込書を書きながら、すぐにでも取材してみたくなった。この時、電話で話を聞いたのが、ぼくと捧との出会いだった。 「普通に走ると、ちょっとキツイかも知れません。ママチャリだと無理でしょうね」 電話の向こうでそう話す捧も、いったいどんな催しになるのか、早くも気分が高揚しているように感じた。 あれこれと話を聞いた最後に、捧がいった。 「当然、豊橋経由で輪行(自転車を公共交通機関を利用して運ぶこと)してくるんですよね?」 「もちろんですよ」 なにも考えずに、ぼくは自信たっぷりに答えた。アニメの作中で光画部の一行は、踊り子号で下田へ。そこから石廊崎に立ち寄った後に、伊豆半島を縦断して、東海道線で豊橋へと向かい、そこから飯田線に乗車する。それをすべてやり遂げるのは無理だとしても、豊橋経由で伊那谷へと向かうのは、簡単なことのように見えた。