伊那谷楽園紀行(16)一度きりだったはずのばんざーい!
秘境を走るローカル線として知られる飯田線にも、現代化の波は押し寄せていた。この春から、多くの列車はワンマンになっていた。ところが、ワンマンになったはずなのに、車掌はちゃんと乗っていた。駅に到着するたびに、車掌は「前の車両ドアから降りて下さい」と乗客を促し「そこの箱に切符を入れて下さい」と、案内するのだ。ワンマン化しているはずなのに、逆に仕事が増えてしまったような光景は、どこかおかしかった。 沿線の風景は、都市の郊外から、天竜川の深い谷が広がる自然美へ。そして、東西を山に挟まれた伊那谷へと入っていく。前に訪れた時、初春の雨で曇っていた空とは、まったく違う青空が広がっていた。それも『究極超人あ~る』に描かれた風景そのままであった。ふと、ぼくはここで聞こうと音楽を用意していたのを思い出した。それは『究極超人あ~る』の作中で流れていた、シンガーソングライター・山本正之の歌う『飯田線のバラード』。 君が空ゆく風なら 僕は地に咲く花になる 君の笑顔に揺らされて やさしい景色をつくろう ああ恋すれど 胸はまたふるえて うちあけられない いいだせない 飯田線のバラード ジャンルとしてはSFに分類される『究極超人あ~る』だけれども、作品がずっと多くの人の心に残っているのは、充実した青春が描かれているからだと思う。青春時代に、この作品を知った人は、自分の人生でもなにかもっと面白い出会いがあるのではないかという希望を抱く。既に青春が遠くなってしまった人も、まだ青春の時のようななにか思いも寄らなかった楽しさとの出会いがあるのではないか。そんな希望を感じる。 きっとそんな人が多かったからだろう。田切駅を目指して自転車を担いで向かっている人の数は多かった。「10人でもくればよいか」と思った牧田は参加人数の上限を50人にしていた。ところが、蓋を開けてみると応募してきたのは63人だった。この中から、落選者を決めると心苦しいので、応募者全員の参加で開催することは、事前に送られてきたメールに記してあった。