ドストエフスキーが泥沼に突き落とされる? ウクライナ侵攻でロシアが失う大切なもの
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻から1年がたちました。いまだに激しい戦闘が続いており、人的にも物的にも多くの被害が出ています。そして、この戦争は日本を含む世界中に大きな影響を与え続けています。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「戦争には、人的損失、領土的損失、経済的損失に加えて文化的損失がある」とし、「本当に長期的なダメージとなるのはこの文化的損失ではないか」と考えます。若山氏が独自の視点で語ります。
ドストエフスキーもチャイコフスキーも大嫌いだ
「ウクライナ侵攻では人間から獣がはい出しています」 朝日新聞2023年元日の記事における、ノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ(ルカシェンコ政権に批判的で現在はドイツ在住、母親はウクライナ人)の言葉である。また彼女は「これからはロシア語を読まない。ドストエフスキーもチェーホフもチャイコフスキーも大嫌いだ」というウクライナの若者の言葉を「悲しい話」として紹介する。 その若者は、敵に対する憎しみのあまり、それまでに親しんできたロシア文化を自分の頭の中から締め出そうとしているのだ。僕自身は、人それぞれの体験からひとつの民族や文化をそのまま否定するべきではないと考えるが、日々ウクライナの惨状を伝える報道に接しているので、この若者の気持ちがよく理解できる。 アレクシエービッチの言葉は、戦争というものの文化的な側面(=文化的憎悪)をよく表している。たしかにウクライナに一方的に侵攻して民間人を殺戮するロシア兵は獣のようである。そしてウクライナ人はロシアの民族と文化を憎悪する。そしてその憎悪はメディアをつうじて全世界に広がりつつある。ロシアは今後、この世界的憎悪にどう対処していくのだろうか。 戦争には、人的損失、領土的損失、経済的損失があり、加えて文化的(精神的)損失があるのだ。政治家や経済人は、人的、領土的、経済的損失には敏感だが、文化的な損失には気づかない場合が多い。しかし本当に長期的なダメージとなるのはこの文化的損失ではないか。 ちなみに僕は「文化」を、ある集団に蓄積された精神的連続性というような、かなり広い意味で使っている。