防衛費増に走る日本政府が本来重視すべきは? 「コミュニケーション問題」としてのウクライナ戦争
2022年も間もなく終わりを迎えます。様々な出来事がありましたが、何よりも世界に強い衝撃と大きな影響を与えたのはロシアによるウクライナへの軍事侵攻ではないでしょうか。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は「現代における戦争の原因とその結果は、人間のコミュニケーションの問題に深くかかわっている」といいます。若山氏が独自の視点で語ります。
コミュニケーション問題としての戦争
ロシアの侵攻によって始まった戦争は、ウクライナの優勢に傾いている。 侵攻当初、このような経過を予測した専門家はほとんどいなかったように思う。ウクライナ軍の士気の高さと、西側が供与する武器の性能のよさと、ロシア軍が抱えるさまざまな問題が明らかになっている。 そしてこの間、われわれはさまざまな情報に接してきた。まずウクライナ市民から直接送られてくる戦闘と破壊と避難の映像、ゼレンスキー大統領のコメント、プーチン大統領の海外向けメッセージ、独立系メディアなどによるロシア国内の不協和音、アメリカのバイデン大統領やブリンケン国務長官のコメント、NATO各国及びEU首脳のコメント、国連のグテーレス事務総長の行動と発言、その他ポーランド、ベラルーシ、フィンランド、トルコ、中国、インド、イスラエル、イラン、北朝鮮などの対応と発信…。 日本のテレビ放送では、これまでまったく画面に登場しなかったロシアの専門家や軍事の専門家の顔を見ない日はない。一時の新型コロナウイルスの専門家の顔ぶれが、ロシアと軍事の専門家の顔ぶれに変わったような印象だ。 そしてその情報の質と量の在り方が、この戦争の勝敗に大きな影響を与えているように思える。アメリカやNATOのウクライナ支援は西側各国の、国連のロシア非難決議は世界各国の、ロシア国内の戦争継続意志はロシアの人々の、「コミュニケーション」にかかっている。そもそもこの戦争の原因は、もちろんプーチン大統領の常軌を逸した意志によるものだが、その背景にロシアとウクライナとのコミュニケーションのズレ、ロシア国内における指導者と国民とのコミュニケーションのズレ、ロシアと西側及び他の世界とのコミュニケーションのズレがあったのではないか。 また現代は、コンピューターとインターネットという世界的なコミュニケーション手段の革命下にある。戦争の手段にはサイバー攻撃やフェイクニュースも加わっているし、緻密に制御されるミサイルやドローンといった武器は最新の情報技術に支えられている。 そういったことを考えると、現代における戦争の原因とその結果は、人間のコミュニケーションの問題に深くかかわっていると思える。前回のナショナリズム論につづいてこの点を考えてみたい。 なお、コミュニケーションという言葉は、辞書を引くと「伝達、交信」などとされているが、より幅広い意味を感じる。英語としての「communication」は、コミュニティ(共同体)、コミュニズム(共産主義)、コミュニオン(キリスト教における聖体拝受)などと同じ語源で、強いていえば「文化的思想的共同性につながる意思の疎通と合意」だろうか。 そう考えれば、戦争をコミュニケーションの問題としてとらえるということは、戦争を広く人間の社会性の問題に還元してとらえるということになる。