「カーボンニュートラル=EV化」は正しいのか? 基礎から整理しておさらい
またCO2排出量が地球全体に与える影響度の比較をするグラフ「世界の二酸化炭素排出量」(2018年)を見れば、1位は中国の28.4%、2位はアメリカの14.7%、3位はインドの6.9%、4位はロシアの4.7%と続いて、日本は5位の3.2%である。これも効率を重視するならば、多い側から減らして行くことをセオリーとするならば、特に日本が「化石賞」などと名指しでクローズアップされる理由は乏しい。しかも、2位の2倍の大差で全量の1/3を排出している中国には何故か化石賞は贈られない。大量排出国である中国とアメリカへの批判を抜きにどうやって削減しようというのか? 実際中国では、今後10年でCO2排出量が10%増大するといわれており、計算上、世界の排出量の2.8%に相当する。仮に日本が3.2%を完全に削減したとしてもその影響をほぼ全てかき消してしまう。 あらゆる部門、あるいは地域が努力すべきという話は間違いではないが、全体バランスを無視して、人身御供のように乗用車や日本をわざわざ問題視し、そこに合理性のないしわ寄せ議論を行うこと、および当の日本政府がそれを真に受けて法制化するとなると、もう少し冷静でバランスの良い議論をすべきではないかという話になるのだ。本気で対策を行うなら、削減量の多いところから着手すべきで、主たる要因排除を徹底しないとCO2排出量は減らない。
生産や廃棄の過程含むとEVに絶対的な優位性ない
さて、ここからいよいよクルマの話にフォーカスが移っていく。10年ほど前から「ゼロエミッション」という言葉がしきりに使われ始めた。概ね「CO2を排出しない」という意味に捉えれば良いだろう。バッテリー電気自動車(BEV、いわゆるEV)は、走行中のCO2排出量がゼロだからゼロエミッションだという話なのだが、気候変動の抑止を目的としたCO2削減を考える時に、本当に「走行中だけ」ゼロエミッションだったら問題ないのかという議論が起こるのは当然だ。原材料の調達から生産・使用・廃棄に至る、プロダクトの生涯でのCO2排出負荷を考えなければ、気候変動の抑止という本来の目的を果たすことができない。この考え方をライフサイクルアセスメント(LCA=Life Cycle Assessment)という。 例えば、走行中はゼロエミッションでも、生産や廃棄の過程で、クルマの生涯走行CO2排出量より多くのCO2を排出してしまうようなら、そのゼロエミッションには意味がないことになる。BEVに搭載されるバッテリーは製造過程でたくさんのエネルギーを使い、CO2排出量が増えるからだ。 そういうトータルでのCO2負荷を測定しようと、現在LCAにおける負荷を各所で計算しているのだが、条件分岐があまりにも多く、中々誰からも異論の出ない算出方法が決まらない。例えば、鉱石を採掘する重機の性能いかんでも変わってくるし、船荷で運ぶルートや荷揚げの混み具合でもCO2排出量は変わる。それでも、原材料や比較的単純な半製品ならばまだ良いのだが、自動車の完成車となると複雑過ぎて手に余っているのが現状だ。 現時点では誰もが納得する数値はまだないのだが、おおよその傾向は出ている。BEVは走行時のCO2排出量が少ないが、生産と廃棄時のCO2排出量が多い。逆に内燃機関とHEVは、走行時のCO2排出量は多いが、生産時や廃棄時のCO2排出量が少ない、といえる。 つまり、生産時など初期工程で排出量を多く背負ったBEVが、使われている間にその差を埋めていく構造になっている。それはどの程度の差なのか。現時点でのいくつかの算出例を見ると、BEVと内燃機関車との比較では、少なく見て10万キロ、多ければ15万キロくらい走行した時点で、BEVは初めて初期ハンデ分を挽回してCO2排出量を削減できる。逆に言えば、そのくらいまではBEVの方がCO2排出量は多いケースもあり、LCAで見てBEVが明確にメリットを出すためには、一定期間利用される必要がある。 しかし、そこまで長く乗ると、BEVのCO2負荷が大きい原因となっているバッテリーを交換しなければならなくなるリスクもある。そもそもが、10万キロや15万キロで「ようやくイーブン」という現実に即して考えれば、どちらのCO2削減効果が高いかは議論の分かれる問題で、少なくとも、明確にBEV有利という話ではないことが分かってきている。 ここではBEVと内燃機関車が比較されているが、日本の実情だと、比較相手は純内燃機関車よりもむしろすでにハイブリッド車(HEV)が対象という流れになっており、果たしてLCAで電気自動車(BEV)がHEVに勝てるのかといえば、かなり難しいだろう。念のために書き添えておけば、HEVにもバッテリーは必要だが、その搭載量はBEVの1/100から1/40程度で、バッテリー生産におけるCO2負荷は桁が1つか2つ違う。 しかも、依然として航続距離に問題を抱えるBEVは、商品力向上のために、現在バッテリー容量の拡大方向へと進んでおり、生産と廃棄におけるCO2負荷は増加の傾向にあるだけでなく、その重量増加からエネルギー効率が落ちる傾向にある。バッテリーはとても重く、大量に積めばエネルギー保存の法則から言っても効率が悪化する。システム的にゼロエミッションばかりが喧伝されているが、エネルギー効率を考えれば、本来小さく軽いことは物理法則に照らして重要な要素であり、国内で多数派を占めるコンパクトカークラスの燃費の良いHEVや、高効率の内燃機関を搭載した軽自動車などは、世界に広めていくべきCO2削減の重要な技術なのである。何よりもそれは過去20年のCO2削減実績でこれ以上なく明確に示されているのだ。 しかもBEVの普及に際しては、解決すべき問題として、バッテリー生産に必要なリチウム、ニッケル、コバルトなどの産出量が足りない。もし本当に全世界で1年間に販売される新車約1億台を全てBEVに置き換えるのであれば、バッテリー生産量の2020年実績200ギガワットアワー(GWh)を少なくとも20倍に引き上げなくてはならない。簡単でないのは明らかだが、何らかの方法でそれが可能になるのかどうかの議論すらまだできていない。 日本の問題を特記すれば、日本の電源構成の7割を占める火力発電を少なくとも2割程度まで減少させないと、日本で生産したバッテリーのLCA評価は生産時のCO2負荷が極端に大きいことになり、欧州を中心に検討が始まっている「LCA評価でのCO2罰則課税」である国境炭素税が実現した時点で、国際競争力をほぼ失う。つまり、日本は電源構成を先に何とかしない限り、BEVでは戦えない。自動車メーカーは日本国内での生産をやめて、電源構成の良い国へ脱出するしかなくなる。それは日本経済の大黒柱である自動車産業の国外大量流出を招く可能性が高い。生産の海外移転に伴い、企業と一緒に国外に移住できる人は少数派だろう。裾野が広く550万人の関連人口を抱える自動車産業で、100万人レベルでの失業者が発生するだけでなく、日本の生産技術が国外流出する。自工会の豊田会長が強く訴えていたのはそういうことだ。