<胃や腸の痛みで疑われる消化性潰瘍>2大リスク要因はピロリ菌と非ステロイド性抗炎症薬、実は課題の多い診断手法
病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。<本日の患者> M.A.さん、43歳、女性、インテリアデザイナー。 「この頃、何か胃の調子が悪いんです。胃薬をもらえませんか」 「そうですか。胃の調子を心配してるんですね。では、少し詳しくお話を聴かせてもらって、それから診察をしていきましょう」 ちょうど5年前に、M.A.さんが心配そうな表情で私の働く家庭医診療所へ最初に受診した時のことを思い出した。私がそう言った後で彼女が「え、ここはすぐにお薬をもらえないんですか」と驚いたことも覚えている。 私は、診療が始まる前に、その日診療する予約患者の診療録(カルテ)を読んで、個々の患者でどのような診療をしようか考える時間を作っている。患者との会話を思い出したり、関連する診療ガイドラインや臨床研究のエビデンスを調べることもある。上記のやり取りは、今日受診予約をしているM.A.さんについて考えていた時に思い出したのだ。 M.A.さんは、5年少し前にこの町へ引っ越してきた。ホテルや介護施設の内装プランニングをする会社で、当時彼女は新しくこの地域に進出した事務所を任されて多忙を極めていた。 今日のトピックとしてこの後で説明するが、この時のM.A.さんには消化性潰瘍があって、一緒にケアを進めることで症状は改善していった。その後もこの診療所でいろいろな健康問題を相談しつつ、元気に仕事を続けている。 今では、「治療すなわち処方箋」ではなくて、いろいろなオプションを家庭医と一緒に吟味して相談しながらケアを進めるスタイルを好んでくれている。今日は、70歳の母親T.N.さんの認知症について相談するために予約している。
消化性潰瘍とは
消化管は、口から食べたものが通過し、消化され、栄養と水分が体内へ吸収されて、その残りを大便として肛門から排出する働きをもつ一連の管状の臓器である。のど元の食道から始まり、その下が胃。そしてその次に十二指腸がある。胃と十二指腸の壁の構造は、管の内側から外側へ向かって粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜(しょうまく)下層、漿膜からなる層構造をしている。 何らかの原因で胃または十二指腸の粘膜に傷が生じて臓器の壁のより深い層(粘膜下層または固有筋層)まで病変が広がったものが、胃潰瘍と十二指腸潰瘍である。両者を合わせて消化性潰瘍と呼んでいる。 消化性潰瘍の典型的な主症状は、キリキリするような、または焼け付くような、断続的な、他の部位へ放散しない、みぞおちの痛みである。胃潰瘍患者では、痛みは食事によって悪化することが多い。十二指腸潰瘍患者では、痛みは空腹(食後2~3時間または夜間)で悪化し、食物または制酸剤(胃液を中和して胃の粘膜を保護する薬)によって緩和することが多い。その他、腹部膨満、吐き気、少量の食事ですぐに満腹になってしまうこともある。 ただ、症状は患者により多様であり、コンピューターによる診断支援ツールを使用しても消化性潰瘍と器質的な異常を認めない機能的な病気の症状とを適切に区別できなかった、というシステマティック・レビューもある。今後のAIの高性能化により、どこまで診断能力が向上するだろうか。 古来、胃や腸の不調は人を悩ませてきた。江戸時代の本草学者(現代で言う薬学者)・儒学者、貝原益軒(1630~1714年)が83歳の時にあらわした『養生訓』は、健康で幸福に生きる(現代的に言えば「ウェルビーイング」)ための覚書であるが、そこには胃腸から健康になるための「飲食」の心得について2巻を費やすぐらい重要なものとして扱われている。 2024年1月の『家族ががんと診断されたら 付き合い方を家庭医が解説 かける言葉は?どう介護するか?勝ち負けのない生き方』でも紹介した黒澤明監督作品の映画『生きる』(1952年)でも、胃腸の症状に悩む患者たちがリアルに描かれている。胃がんに侵された主人公が、医師によって与えられた偽りの病名が「胃潰瘍」だった。