<胃や腸の痛みで疑われる消化性潰瘍>2大リスク要因はピロリ菌と非ステロイド性抗炎症薬、実は課題の多い診断手法
消化性潰瘍はどのように診断されるか
日本消化器病学会では『消化性潰瘍診療ガイドライン2020(改訂第3版)』を公表しているが、そこには「診断に関するCQはない」と書かれている(ixページ)。 CQ(clinical question;クリニカルクエスチョン)とは、「診療ガイドラインの対象となる病気の検査や治療において重要で回答を出すべきだと考えられる課題」のことである(日本医療機能評価機構『Mindsガイドラインライブラリ・診療ガイドラインQ&A(基礎編)』)。CQは通常、「どのような患者に対して、ある医療行為と別の医療行為とで、どちらをすることが推奨されるか?」という形式になっている。診療ガイドラインでは、一つひとつのクリニカルクエスチョンに対して、臨床研究のエビデンスなどに基づいて、回答となる推奨が示される。 日本の消化性潰瘍診療ガイドラインに診断に関するCQがない理由は不明だが、どのような患者に上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)をすべきか(または省略できるか)、多数あるピロリ菌感染の診断法のどれを選択すべきかをはじめとして、実際の診療でエビデンスに基づいた推奨がほしい課題はあるはずだ。 現時点で私は、いくつかの諸外国の診療ガイドラインを参考にしつつ、国内で利用できる検査と治療の種類も考慮して診療している。 診断については、まず、臨床医としての臨床的印象(第六感とも言える)が多少は役に立つことが研究で示されているので大事にしつつ、食事や空腹と痛みの関係、夜間覚醒の有無など消化性潰瘍の可能性を高める特定の症状の有無を確認する。 胃カメラでは、上部消化管を直接観察しピロリ菌や悪性腫瘍の検査のための組織サンプルを採取することができる利点はあるが、費用がかかるのと身体に負担がかかる侵襲的検査であることから患者を選択しなければならない。 消化性潰瘍を考えさせる新たな症状がある60歳以上の患者、または悪性腫瘍や構造的疾患を示唆する警戒すべき症状(意図しない体重減少、明らかな消化管出血、鉄欠乏性貧血、嚥下痛または嚥下障害の悪化、反復性嘔吐、触知可能な腫瘤、リンパ節腫脹など)がある成人に対して胃カメラを提案している。 警戒すべき症状のない60歳未満の患者は、検査薬を内服してその前後で採取した呼気を調べる尿素呼気試験または便中抗原検査によるピロリ菌の非侵襲的検査を行い、結果が陽性であれば、感染を根絶するための治療(「除菌」と呼ぶ)を提案している。M.A.さんは、こちらに該当したため除菌を実施して成功している。 M.A.さんの母親T.N.さんの初回診察と療養計画の相談を一通り終えた後で、私たちはこんな会話をした。 「M.A.さん、消化性潰瘍の治療の時は頑張りましたよね。それまで結構飲んでいたお酒と鎮痛剤を減らして、禁煙して。ストレス対策に座禅まで始めました。さすがインテリアデザイナー!と感心しました」 「え、どう言うことですか」 「体の内部環境がインテリア、それを整えるからインテリアデザイナーってつもりですが、イマイチですか(笑)」 「先生の努力は認めますが、ちょっと無理がありますね(笑)。でも、自分のことはできても、母の生活環境を整えるとなると、なかなかこれが厄介です」
葛西龍樹