38年ぶり日本一に輝いた阪神タイガース そのチーム名とユニフォームから感じる古代中国の世界観とは?
外部への無関心と一帯一路
中国は、先に述べたように、東は東シナ海、南は南シナ海、西はヒマラヤ山塊とタクラマカン砂漠、北は万里の長城に囲まれた国であり、いわば「大きな島国」である。その点が、海によって異文化異民族が結ばれた地中海周辺地域のダイナミズムとは、風土的に異なるところである。つまり中国という独立世界は、外敵(野蛮と考えた)に対して内部の文明を守るのに忙しく、中華というプライドもあって、基本的にその外部に、特にその先進性に、無関心であった。日本よりも無関心で、それが近代化が遅れた理由の一つであろう。 その無関心を崩したのが、まずイギリスによるアヘン戦争であり、その外力に対する応力(ルサンチマン)としてナショナリズムに火がつき、次に日本による柳条湖事件や盧溝橋事件であり、そのルサンチマンとして革命思想が力をえたのである。 現代の中国はその応力の延長として拡張主義に走っている。しかし僕は、中国という国の風土と歴史から、一帯一路も、南シナ海と東シナ海への軍事拡大も、うまくいかないだろうと考えてきた。中国の中国たる所以を失うからだ。 中国は今、革命に代わる内政の価値観を取り戻す必要があるのではないか。 彼らが主張するように、中国にも民主主義があるとすれば、それは、西側の、大衆(市民と呼んでも、人民と呼んでも、大衆は大衆である)の選挙による民主主義とは異なる、エリートの合議制による民主主義であろう。しかし現在はまだそれが確立されていないので、一党独裁といわれ、香港にもウイグルにも問題が起き、台湾も一体化できないのではないか。今必要なのはその、西側とは異なる、まっとうな政治制度(あるとすれば)の確立ではないか。 中国が世界の中心となる可能性があるとすれば、力の中心ではなく、仁徳(東洋的モラル)の中心としてであるべきではないか。長安ではなくむしろ洛陽ではないか(古代中国には、長安は武の都、洛陽は文の都、という概念があった)。 ところで、僕自身は阪神ファンではないが、なぜか阪神ファンには比較的好感を抱く。冒頭に書いたように負けても負けても応援するというところに反骨精神のようなものを感じるからだろう。しかし今後、阪神が強くなって連続優勝することにでもなったら、人気が上がるのか下がるのか。これはあんがい難問である。