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『紅白歌合戦』は、なぜ「五輪紅白」と化したのか!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

昨年の大晦日に放送された、『第70回NHK紅白歌合戦』(以下、紅白)。

往年の『太陽にほえろ!』ジーパン刑事(松田優作)じゃないけど、「なんじゃこりゃあ!?」と思った視聴者も多かったのではないでしょうか。

今回の番組を、ひと言で表現するなら、まさに「五輪紅白」でした。放送の時点では来年、つまり2020年の「東京オリンピック」を盛り上げようという狙いが、極端に突出した内容だったからです。

冒頭から「五輪紅白」

オープニングは「新国立競技場」。過去のオリンピックの「名シーン」がVTRで流され、『紅白』というより、『五輪スペシャル』という特番のような導入でした。

1曲目は、Foorinの「パプリカ-紅白スペシャルバージョン-」。言わずと知れた、「NHK2020応援ソングプロジェクト」による応援ソングです。

郷ひろみ「2億4千万の瞳 ―エキゾチック “GO!GO!” ジャパン―」では、様々な五輪選手の扮装をした人たちが乱舞する中を、郷が歌いながら進んでいきました。

GENERATIONS「EXPerience Greatness」の場合は、審査員席にいるゴルフの渋野日向子の映像がバックに映し出されました。

そしてHey! Say! JUMP「上を向いて歩こう ~令和スペシャルバージョン~」になると、ステージの背後は1964年の東京オリンピックのモノクロ映像になりました。

Kis-My-Ft2「Everybody Go」の際は、歌の前に、オリンピックの新種目ということで、「スケートボード」を紹介するVTRが入りました。まんまスポーツ番組!

後半も、ますます「五輪紅白」に

後半になっても、「五輪紅白」は続きます。

Little Glee Monster「ECHO」は、「NHKラグビーワールドカップ2019」のテーマソングであり、ステージバックの映像はもちろん、「ワールドカップ」での日本代表の「雄姿」でした。

またDA PUMP「DA PUMP ~ONE TEAMメドレー~」でも、美術チームが制作した、いくつもの巨大なラグビーボールがステージや客席を転がります。

そして竹内まりやの「いのちの歌」が終わった後に、総合司会の内村光良が一人で登場。前の東京オリンピックが開催された1964年の生まれだという内村の語りにのせて、「オリンピックスター名シーン」なる映像が流されました。

さらに、白組キャプテンである嵐の櫻井翔が、陸上のウサイン・ボルト選手にインタビューするVTRも出てきて、もう、まんまスポーツ特番です。

ボルトの後は、いきものがかり「風が吹いている」。これは、2012年の「ロンドンオリンピック・パラリンピック」でのNHK放送テーマソングでした。歌う3人の背後には、当時の柔道や卓球の試合風景が。

続いて、ゆず「紅白SPメドレー 2019-2020」では、2004年「アテネオリンピック」のNHK放送テーマソングだった、「栄光の架橋」が熱唱されました。そのバックは、「NHK東京2020オリンピック放送アスリートナビゲーター」なる扱いでステージにいる、水泳の北島康介たちの映像です。

過去のテーマソングを並べたわけですから、当然、新たな曲も披露しなくてはなりません。「NHK2020ソング」である、嵐の「カイト」です。

しかも、この曲は特別扱いで、夜の新国立競技場を貸し切りで使っていました。広いグラウンドの真ん中で歌う5人。移動カメラや照明など映像設計も緻密で、完成度の高い、すこぶる贅沢なミュージックビデオでした。

そんな「カイト」の後が特別企画である、松任谷由実「ノーサイド」です。ステージ上にはラグビー日本代表の面々がずらりと並び、歌の間も彼らの「激闘の映像」が上映されました。

歌い手と音楽への「リスペクト」を欠く演出

このユーミンの時が典型だったのですが、歌い手にカメラが寄ると、背後の競技映像が「抽象画」の一部を拡大したような、非常に見づらいものになります。というか、視覚的に邪魔なのです。

今回、前半でも後半でも、ステージで歌っている人たちのバックに、五輪やラグビーなどの映像が大写しされたわけですが、視聴者に何を見せたかったのでしょう。

歌い手なのか、背後のスポーツ映像なのか、両方なのか。結果的には、映像の前にいる歌い手たちに対しても、映像の中の選手たちに対しても、中途半端で失礼な扱いとなっていました。

本来は「歌番組」であり、「音楽番組」である『紅白』を、視聴者や出場歌手を無視して、オリンピックの「事前イベント」「PRイベント」に仕立てようとしたことに無理があったのです。オリンピックを盛り上げたいと言うなら、別の特番を組むべきでした。

そういう意味で、生放送の「歌番組」「音楽番組」として唯一、いえ、最も見応えがあったのが、ビートたけしの「浅草キッド」です。

映画での「北野ブルー」を連想させる、青を基調とした暗めのステージ。シンプルな照明の中に立つ、たけし。見る側が歌い手と楽曲に集中できる、正統派のカメラ割りによる映像も見事でした。

元々『紅白』には、「音楽で1年を振り返る」という趣旨があります。しかし今回は、「振り返る」余地を視聴者に与えず、オリンピックという「先のお楽しみ」に目を向けさせようとする内容ばかりが目立ちました。

普通に振り返れば、2019年は、決して「いいこと」ばかりの1年ではありませんでした。大きな被害の台風も、消費税のアップも、桜を見る会も、カジノをめぐる国会議員の収賄容疑も、みんな2019年の出来事です。

2019年を国民に振り返って欲しくない、むしろ忘れて欲しい人たちは、今回の『紅白』に拍手していたかもしれません。

オリンピックというのは、「国」ではなく、「都市」が開催するものですが、実態は、その政治的利用も含め、完全に「国家イベント」です。

「オリンピック自体」の報道はメディアの役割の一端ですが、「国民的音楽番組」を使った、国家イベントの「事前PR」や「盛り上げ推進」には、どうにも違和感がありました。

史上最低の視聴率だったそうですが、見る側のモヤモヤした気分を、しっかり反映しているように思えてなりません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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