補足フィリピンにおけるHIV問題の背景には薬物に対する厳罰主義があり、非常に複雑になっている。HIVは主に性的接触によって感染するが、注射針の共有による感染の広がりが深刻な背景となっている。周知のようにフィリピンでは、違法な密売、麻薬組織、薬物に絡む政府の汚職に対する怒りが2016年に噴出し、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領が麻薬取引に関与する者を「処刑」するよう国民に呼びかけた結果、麻薬売人に対する警察や自警団による超法規的殺人が数千件発生したといわれている。薬物使用に対する厳罰政策によって、薬物使用者は警察の摘発を恐れ、地下に潜ることが多く、針交換プログラムなどのハームリダクション(害の低減政策)が不十分になり、適切な医療介入や支援サービスにアクセスしにくくなっている。その結果、感染が拡大しやすい環境が形成されている。WHOは、フィリピンに対し薬物政策の見直しとHIV対策の強化を求めている。
コメンテータープロフィール
1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。