Yahoo!ニュース

ガザの戦闘:戦場はもっと広くて深い~レバノンのヒズブッラーがミサイル購入のための募金受付を開始

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
イスラーム抵抗運動支援機構の募金箱(筆者撮影)

 2023年10月以来、レバノン南部ではヒズボラ(ヒズブッラー)を中心とする反イスラエル武装抵抗運動諸派とイスラエルとの戦闘が続いている。南レバノンでの戦闘は、政治・報道場裏ではイスラエルに軍事的な圧力をかけることにより、ガザ地区に対するイスラエル軍の攻撃を抑えるため、つまりガザ地区をはじめとするパレスチナ人民を支援するためと位置付けられている。しかし、南レバノンでの戦闘は当初から諸当事者間の全面衝突というよりは、紛争の強度や範囲を一定の「ルール」の範囲内で制御して行うものとなってきた。これは、ヒズブッラーをはじめとする南レバノンに関係する「抵抗の枢軸」の諸当事者が、イスラエルとその背後にいるアメリカと全面戦争して勝つことができないのを十分知っているからだ。「抵抗の枢軸」陣営は、この陣営につく諸国・諸派にとってパレスチナのハマス(ハマース)やイスラーム聖戦運動(PIJ)が仲間だとしても、互いに自らの存亡をかけてまで個々の国・組織の戦争に付き合う義理はないという程度に強固な絆で結ばれている。このあたりの当事者間の関係や結びつきこそが、「抵抗の枢軸」の動きや、今後の南レバノン情勢を展望する上でのカギとなる。

 しかし、紛争が長期化するにつれて、「抵抗の枢軸」陣営がこれを既存の「ルール」の範囲内に制御することは困難になっている。イスラエルによる在シリア・イラン大使館領事部爆撃、イランとイスラエルの双方による相手国の領域への直接攻撃は、これまでの紛争当事者の振る舞いや「ルール」に鑑みれば明らかに「イカレタ」行為だ。しかも、イスラエル政府は紛争の強度や範囲の拡大を望むかのように挑発を繰り返しており、その標的の筆頭はレバノンだと考えられている。実際、ヒズブッラーもイスラエルとの戦闘で、使用する兵器の質や攻撃対象を徐々に向上・拡大させており、現在はレバノン領空を日常的に侵犯するイスラエルの無人機の撃墜も珍しいことではなくなった。

 そのような中、ヒズブッラーが興味深いキャンペーンを開始した。それは、同党がイスラエルと戦うためのミサイル(ロケット弾)や無人機を購入するための募金の受付を開始したというものだ。募金を受け付けるのは、「イスラーム抵抗運動支援機構」という団体だ。ヒズブッラーが政党、反イスラエル武装抵抗、教育、福祉、建設、報道、諸々の商業活動を営む広範な運動であることには既にふれたが、これは同党が抵抗運動を中心に、活動の形態や組織の構造に応じて同心円的にレバノン社会の内外に広がる存在であるとの組織論をとっていることに起因する。「イスラーム抵抗運動支援機構」は同党の関連団体としては著名かつ古株の団体の一つで、かつてはレバノン国内の幹線道路などで盛んに募金活動を行っていたし、現在でも同機構がかかわる「抵抗運動グッズ」を手に入れるのはそんなに難しいことではないはずだ。

 その「イスラーム抵抗運動支援機構」による募金キャンペーン、キャンペーンそのものは珍しいものではないはずだが、それがミサイルや無人機の購入資金を寄付してガザ地区への支援やイスラエルとの戦いに参加しようという謳い文句で進められていることが物議をかもした。ヒズブッラーはイランなどから寄せられる資金や自らが営む事業により年間数億ドルともいわれる財政規模を擁するのだが、現在の紛争でガザへの攻撃を抑制することができないまま南レバノンを中心に民間人の生命や財産への被害が広がっており、財政面の不安も出てきたのではないかという、キャンペーンをヒズブッラーの「弱さ」の表れとみなす主張が出てきたのだ。もちろん、こうした主張には上記のヒズブッラーの同心円状の組織論に基づき、(イスラエルと直接交戦する)戦闘員や軍事部門だけでなく民間人も募金を通じて抵抗運動に参加可能な環境を整えるという、大衆動員運動だという反論がある。それによると、今般のキャンペーンはより広範な大衆運動としての「イスラーム抵抗運動」の「強さ」を知らしめるための広報活動でもある。ヒズブッラーの内情や個別の活動の意図を知ることは簡単ではないが、今般のキャンペーンはヒズブッラーの活動は「テロリズム」や「違法な」活動ばかりではなく、実はその大部分が(少なくともレバノン国内では)公然かつ合法的に営まれているものだということに気づかせてくれるものだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事