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これからのシリア

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2011年以来のシリア紛争は、シャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)が配下の外国起源のイスラーム過激派諸派とともにダマスカスを制圧したことで大きな転機を迎えた。ここまでの展開は、一見すると「悪の独裁者」を打倒した「革命の成就」である。しかし、「革命成就」の主力が外国起源のイスラーム過激派だということは別に筆者による悪意に満ちた誹謗中傷ではなく、当のイスラーム過激派諸派自身が大喜びで自らの「活躍ぶり」を宣伝する動画や画像を発信してくれているので、そうした事実を裏付ける資料(たくさんあって見るだけで1日が吹っ飛ぶので、ここでは写真1と写真2を挙げるだけにしておく)は別に難しいことをしたり、一生懸命頭を使ったりしなくても手に入れることができるだろう。また、かつて「アラブの春」と呼ばれる政変がアラブ諸国を席巻した際、報道機関・各国政府の担当者・研究者の多くが「革命成就」に興奮するだけで満足したことで、その後の「イスラーム国」の増長や地域の政情の混乱を招いた教訓もすっかり忘れ去られてようだ。つまり、「革命」なり「民主化」は「悪い独裁者」をやっつければ自動的に成功するわけではないし、「悪い独裁者一味」が蓄財した資産を配ったりすれば、それで人民の生活水準が向上するわけでも独裁政権に仕えてきた官憲が心を入れ替えて一生懸命働くわけでもないのだ。「悪い独裁者」の後に、「もっと悪い政府」ができ続けることだって、ざらにあることだ。

写真1:ダマスカスに進軍するトルキスタン・イスラーム党の車列。(出典:2024年12月8日付トルキスタン・イスラーム党)
写真1:ダマスカスに進軍するトルキスタン・イスラーム党の車列。(出典:2024年12月8日付トルキスタン・イスラーム党)

写真2:ダマスカスを制圧したイスラーム過激派戦闘員。
写真2:ダマスカスを制圧したイスラーム過激派戦闘員。写真:ロイター/アフロ

 蛇足だが、写真2中心にいる人物の腕についているのは、「イスラーム国」の「国旗」と称して使用されたものと同じデザインであり、これが「イスラーム国」だけでなくシリアの「革命家」たちにとっても仲間の証だということが示されている。こうした事実を考慮しながら、これからのシリアを待っている「輝かしい」未来を展望してみよう。

外交

 シャーム解放機構のダマスカス制圧の直後から、イスラエルは前例のない規模でシリア領内各所を攻撃した。本稿執筆時点で攻撃された箇所は165カ所ともいわれており、それはシリア軍の基地・武器貯蔵庫・防空拠点・研究機関、政府や治安機関の庁舎であり、攻撃目標は防空ミサイル、地対地ミサイル、巡航ミサイル、長距離ミサイルなどの兵器だそうだ。要するに、イスラエルが邪魔だと思うものを破壊しつくしたいということで、この結果将来のシリアは対外的な防衛力や抑止力を完全に剥奪された存在になる。また、アメリカ軍も「イスラーム国」の拠点多数を空爆したと称する軍事活動を起こし(今更!!!)、今後も「イスラーム国」対策のためにシリアに留まると表明した。トルコ軍も、配下の民兵である「シリア国民軍」とともに大嫌いなクルド民族主義勢力の排除のためにアレッポ県マンビジュ郡に侵攻し、「テロ対策」のための「安全地帯」設置なり、トルコ在住シリア人避難民を送還し、入植させるための領域づくりなりのため未来永劫シリア領を占領し続けるつもりのようだ。これらの諸国を含む「国際社会」は、事あるごとに「シリアの主権と統一と領域の統一の尊重」を繰り返してきたが、そうした修辞とは裏腹に、「革命成就」後のシリア領は関係国の個別の利益のために焼き払われ、引きちぎられている。シャーム解放機構らはどれもシリア領を引きちぎる諸国から直接・間接の支援や、活動の黙認・放任の結果現在の姿になっているので、こうした行為に対抗するどころか、「事件があった」ということすらしない(できない)。イランやロシアが多少なりとも巻き返して地歩を保つことができるかは微妙なところだが、その場合でも両国は「シリア政府」というよりはシリア紛争に干渉した他の諸外国と交渉や取引をした方が手っ取り早いだろう。極端な言い方をするならば、シリア・アラブ共和国は地図や外交儀礼の上では存在するが、国際関係や安全保障問題の当事者としてはもう存在しなくなったのだ

内政

 それでは、国内の政策や権益配分についてはどうだろうか?「様々な勢力が入り乱れており状況は複雑だ」という口上はもう聞き飽きた読者・視聴者の方も多いと思うが、「多元的で包摂的な(これもどこかで聞き飽きた表現だ)政府」は、国際的承認を得るため、あるいは支援国の意向に従うために作る「お飾り」以上のものにはならないだろう。現在シリアを占拠する諸派の間での利害調整や連合政府の編成が不可能に近いのは、シリア社会にいろいろな宗教・宗派・民族がいて「状況が複雑」だからではない。諸派の連合が不可能なのは、彼らの政治的志向が「相容れない」ほどに相性が悪いからだ。例えば、シャーム解放機構などのイスラーム過激派は、彼らが「正しい」と信じるイスラームの解釈を制圧下の住民全ての日常生活の隅々、そして個人の内面にまで浸透させようとしている。これに対し、クルド民族主義勢力は、彼らの政治的母体であるクルディスタン労働者党(PKK)の創始者であるアブドゥッラー・オジャラーンの「哲学」に沿って制圧下の社会にとどまらず住民の内面も変革しようとするものだ。オジャラーン「哲学」は一面では世俗的・社会主義的であり、別の一面ではオジャラーンを奉る家父長的なものだ。イスラーム過激派もクルド民族主義勢力も、制圧下の住民の内面をも統制しようとする「全体主義」と呼ぶべき志向を持っているのだが、問題は両者が目指す姿は正反対だ。女性の権利を例にとれば、イスラーム過激派がこれまでに発信した文書・画像・動画類を眺めている限り、彼ら支配下の住民の頭に刷り込みたい行動様式は「イスラーム国」やターリバーンのそれと大して代わり映えがしない。これに対しクルド民族主義勢力は神経質にクオータ制を適用して社会を代表する機関の隅々にまで一定の男女比を確立するとともに、家庭内暴力(DV)対策を最重視して個人や家庭の内面にも積極的に介入する。同じ全体主義でも進む方向は全く逆なので、イスラーム過激派とクルド民族主義勢力の相性は最悪だ。この両者に加えて、トルコの傭兵とも称されるシリア国民軍が紛争の当事者となる。シリア国民軍は、雇い主であるトルコに倣い世俗主義、反クルド民族主義が大前提なのでイスラーム過激派ともクルド民族主義勢力とも徹底的に相性が悪い。

 それでは、「自由・尊厳・公正」を希求する(はずの)シリア人民を代表する政治家や勢力は全くいないのだろうか?全くいないと結論付けるとあまりにもかわいそうなので「シリア国民連合(SNC)」を挙げておこう。彼らは、シリア紛争当初に国際的にもてはやされた「反体制派」活動家たちの連合だが、もともとシリア国内の支持基盤も運動を経営する能力も乏しかったので早々にシリアにいられなくなり、現在はトルコで暮らしている。そのSNCがアサド政権崩壊を受け「シャーム解放機構を含まない反体制派政府の編成」を計画中と表明した。この計画が実現すれば、国際的にそこそこ見栄えがする「政府」ができるかもしれない。しかし、SNCは紛争初期にイスラーム過激派やシリア政府に負けて以来シリア領内に存在することも影響力を及ぼすこともできなかった。また、これも紛争勃発当初からのことだが、SNCの活動家たちはアラブ民族主義なりイスラーム主義なりに偏重しており、クルド民族主義勢力の要求に共感も同調もできない人々だった。要するに、SNCは政府を編成することができるかもしれないが、その政府が現場で認められ実効的な存在になるかは全く楽観できないということだ。

 あまりにも悲観的な見通しを書き連ねたが、展望が悲観的な理由は、「情勢が複雑」だからではなく、シリア紛争にかかわる諸国の行動様式、そしてシリア国内の諸勢力間の相性が残酷なくらい単純明快だからだ。シリア人民の生活水準や権利の状況の改善を心底願うが故に、筆者の予想が寝言レベルの大外れに終わることを期待する。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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