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シリア:みんなが気になる(?)「女性の権利」の行方

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 まさに「革命的」情勢の展開の中、かつての政治犯刑務所・収容施設の内情の暴露、「少なくとも10万人が埋められた」集団埋葬地の発見、国際関係や安全保障の当事者としてはもう消滅したシリア・アラブ共和国の領域や権益の分割など、シリアは「未知の段階」の只中にある。これからどうなるのか、を考える上で関心事の一つとなるのは、今後の女性の処遇だろう。この問題は、西側諸国がシャーム解放機構の支配下にある「移行政府」に対し、経済制裁の解除などの条件として「女性の権利」の尊重を要求するなど、国際的な課題だ。

 シャーム解放機構(旧称;ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)の首領アブー・ムハンマド・ジャウラーニー(本名:アフマド・シャラ)の呼びかけで「勝利の金曜日」と題する全国規模でのデモが組織される中、2024年12月14日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は「大変革後のシリアの女性:安心できない複数の指標と衝撃的発言」と題し、「革命成就」の喜びが爆発する中での実務の現場の状況を報じた。なお、『ナハール』紙は何十年も前から反シリア(この場合はアサド政権やヒズブッラー)の論調をとる有力紙だ。また、この記事の執筆者のアブドゥッラー・スライマーン・アリー氏の最近執筆した記事の傾向を見ると、「シャーム解放機構やジャウラーニーは本当に変わったのか?」という世間の疑問に答えようとしているようだ。以下では、これらを踏まえて記事の内容を要約してみよう。

*シャーム解放機構の指導部や行政要員が、シリア社会のような宗教・民族的に多様な社会に対処するのに十分な専門的知識を持っていないことを示すたくさんの指標が現れ始めた。一部地方自治体では、行政を任された要員の混乱や場当たり的対応が観察されており、女性をはじめとするシリア人の不安を惹起している。

*過去数日間にわたり、「軍事作戦司令部」(注:11月末にシャーム解放機構などが攻勢を開始した際に設置された司令部)が全シリア人の尊重、彼らの安全の保障、復讐・報復の回避、全国民の権利の保障など、(シリア人を)安心させる言辞を発信しているが、公法上発信される言辞と現場での行動との著しい乖離が顕在化した。これによりシリア人は混乱し、新たな指導部が批判や問責を受ける前に「軍事作戦司令部」が発信したメッセージを保存したり、シャーム解放機構へと衣替えし、「中庸」の衣をまとう前のアル=カーイダ的ヌスラ戦線の下での不安な生活への回帰を余儀なくされたりしている。

*アサド政権の打倒後の最初の1週間を、シリア人、特に女性が外出を控えて過ごそうとするのは通常とは異なる雰囲気・治安の弛緩・警戒感などが理由の当然のことだ。しかし、状況はそれにとどまらないどころか『ナハール』紙にはシリアの女性の状況や社会の中での活動の現状を変更することを示す、「軍事作戦司令部」の担当官たちの振る舞いの事例がたくさん寄せられた。また、開明的な声明類に反する場当たり的な対応が示されてすぐに撤回される状況も出ている。これは、どれが本当の(統治者の)方針なのかの単一の指針を欠くシリア人の混乱を増幅するものだ。

*その一例として、『ワタン』紙(かつては親シリア政府との枕詞を付されたシリアの日刊紙。現在はSNS上で「軍事作戦司令部」の発言を発信するのみとなっている)で「女性の服装への干渉や、慎み深さを要求することを含む女性の服装への要求を断固禁止する」という文言がある。これに対し、「救済政府」(注:シャーム解放機構の支配下でイドリブ県での行政サービス提供を担っていたもの)の情報省の広報責任者のムハンマド・アスマルが「この種の声明類は公式な機関から一切発表されていない」と述べた。

*ホムス市の裁判所で開催された「軍事作戦司令部」に代表団と地元の検事・弁護士との会合で出席者に大衝撃を与えるできごとがあったのも、上記と同じ文脈である。会合の内容には、(シャーム解放機構支配下の)イドリブ県で主流だった理解をシリア社会と国家機構全体に適用しようとする試みが含まれていた。「軍事作戦司令部」代表団の長のアブー・アブドゥッラーはシリアの裁判所では用いられていないシャリーア的・イスラーム的専門用語を用いて、奇異な論理を話した。そうした専門用語の中には、「ホムスのシャリーア法廷」という用語があったが、これは結婚や離婚を担当する裁判所を指すのではなく、ホムスの裁判制度全体を指して用いられた。また、法律に代わって「スンナ」という表現が用いられた。もっとも衝撃的だったのは、代表団の一員のアブー・ムハンマド・ミスリー(注:「ミスリー」とはエジプト出身の、という含意)が男女の握手を禁じ、女性検事・弁護士に対し、男性の後ろの列に座るよう求め、女性に対しヒジャーブを着用するようはっきりと指摘したことだった。

*『ナハール』紙はこの衝撃的な会合の詳細をfacebookの複数のアカウントから入手した。その中には、女性検事に対しヒジャーブなしで裁判所庁舎に入ることを禁じたり、会合の際に男女を隔離したり、女性のいる会合に男性同僚を出席させなかったりしたとの内容が含まれる。『ナハール』紙は会合に参加した情報源に接触したが、同筋は上記の内容が事実であると確認したうえで、(「救済政府」側が)会合は男女間のあいさつを禁じたり、少なくとも2人の女性にヒジャーブ着用を要求したりしたと述べた。同筋はこの状況はシャーム解放機構の立場ではなく(代表団の者の)場当たり的対応であり、状況は以前の通りに戻ったと強調した。ただし、同筋はどのようにして状況が戻ったのか説明しなかった。

*また、別の消息筋は『ナハール』紙に対しダマスカス郊外県ヤブルード市の文化センターで開催された会合で、「軍事作戦司令部」の代表団が女性に対し男性の後ろの列に座るよう要求したと述べた。「救済政府」の司法省第一監察官のアリー・マグリビー(注「マグリビー」とはモロッコ、またはマグリブ地域出身の、という含意)は、ホムスの裁判所でのできごとを暗示して「女性から検事の権限を剥奪するとのうわさ」を否定した。

 「未知の段階」にあるシリアで、地元の人々が「独裁政権」のくびきから解放された自由の喜びを爆発させたり、逆に新たな支配者への忠誠の表明としてこれに迎合したりすることは自然な反応といえる。一方で、今般の事例のような新たな支配者の言行不一致や混乱が目立つようになると、SNSの使用制限のような情報発信統制が科される可能性があるし、自主規制を含む発信統制が現地入りしている諸外国の報道機関にも及ぶ可能性もある。SNS上には悪意の偽情報を含む胡乱な情報が乱舞しているため、事実確認や情報が発信される文脈の分析といった作業の重要性が一層高まることだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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