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サメは「寿命のカギ」を握っている

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 長生きは古来から多くの人たちが望んできた。不老長寿のために東奔西走した中国の皇帝もいる。生物はなぜ老化し死ぬのだろうか。

 2006年にアイスランドで発見された二枚貝は507歳と測定された。二枚貝の年齢は貝殻に刻まれた年輪でおよそわかるが、この貝の場合は炭素14の同位体測定法により年齢が確定している。生まれた1499年当時の中国の国名から「明(Mingusk Ming)」と名付けられたこの貝は、なぜこれほど長生きだったのだろう。研究者は、寒い海域で酸素消費量が少なかったからではないか、と考えている。

活性酸素とフリーラジカル仮説

 我々生物のほとんどは空気中の酸素を吸い込んで血液中に取り込み、細胞の代謝によって作り出された二酸化炭素をガス交換して体外へ排出する。酸素はエネルギーを作り出す重要な原料の一部だが、そもそも生物にとって酸素は「猛毒」だ。

 地球に生命が誕生してからのかなり長い間(5億年から10億年くらい)、生物は酸素を必要としなかった。というより、当時の地球に酸素はなかったのだが、藻類などの植物が光合成を始めると彼らが作り出す酸素を利用する生物が生まれた。

 そもそも猛毒の酸素を生命活動のエネルギーに転換することができたおかげで、地球上に多様な生物爆発が起きた、というわけだ。ただ、猛毒のゆえに酸素にはデメリットもある。「活性酸素」だ。

 活性酸素は酸素が代謝する過程で生まれ、スーパーオキシド(アニオン)、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素といった種類がある。前者二つがいわゆる「フリーラジカル(酸素ラジカル)」と呼ばれる物質だ(※1)。活性酸素は物理的に不安定(化学反応を起こしやすい)なので、他の物質に容易に結びついて酸化させるなど重大な影響を与えてしまう。

 この活性酸素が寿命や短命、病気に関係している、と考えられているのだが、代謝が上がれば活性酸素が多く発生する。ヒトの場合、取り入れた酸素(1日に500〜600リットル)の約2%が活性酸素になるとされる。また、食べ過ぎたり運動をし過ぎたりして代謝が上がっても活性酸素の発生量は増える。

 さて、活性酸素の働きを阻害する酵素として、スーパーオキシドジスムターゼ(Superoxide dismutase、SOD)が知られている。SODには特にフリーラジカルの一つ、スーパーオキシドをなくしてしまう作用がある。

 我々ヒトは活性酸素の発生量に比べてSODの活性の割合が高いため、ほかの哺乳類に比べて寿命が長い。哺乳類では体重と寿命に相関があると考えられてきたが、体重が少ないわりに我々ヒトがほかの哺乳類より長寿なのもこれが理由だ(※2)。これらのフリーラジカル仮説は、ミトコンドリアとの関係や加齢との相関などの研究が蓄積され、より強固なものになっている。

最も長寿名脊椎動物の記録更新

 これまで脊椎動物で最も長寿とされてきたのはホッキョククジラ(セミクジラ)などのクジラ類だ。彼らの年齢を知る手掛かりが確定していないが、耳垢や歯の年輪、眼球のレンズの炭素測定、アスパラギン酸測定などが手掛かりになるようだ。ホッキョククジラでは211歳の個体も知られている。

 だが最近、北極海のグリーンランド周辺に生息するニシオンデンザメ(Somniosus microcephalus、グリーンランドザメ)が最長で500歳以上になるのではないか、という調査研究が発表された(※3)。脊椎動物の長寿記録更新だ。

 このサメは動作もひじょうに緩慢だが、成長も極端に遅く、150歳で性的に成熟するとされる。混獲により漁獲された個体を調べたところ、392歳(誤差±120歳、CI:95%)にもなるサメがいたことがわかった。

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ニシオンデンザメ(グリーンランドザメ)。成長速度は年に1センチメートル以下らしい。米国の海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration、NOAA)「Okeanos Explorer」より。

 また、ニシオンデンザメを調べた別の研究(※4)では、酸化ストレスに耐性のある種が長寿というこれまでのフリーラジカル仮説とは違う結果が出たと言う。このサメの活性酸素を消去する酵素は、体重に比例した年齢との相関関係に合致しなかったのだ。

 この論文の研究者は、ニシオンデンザメの長寿は酸化ストレスへの耐性が理由ではなく、北極海という環境や海に深く潜ったり浮かび上がったりを繰り返す生態や性的に成熟するのに時間がかかることが寿命に影響しているのではないか、と考えている。環境要因や生活習慣、その種の生理によって寿命が長くなる、というわけだが、アイスランドの二枚貝も寒い海域で生息していた。

 筆者が前に書いた魚のエラの記事では、サメ類は身体の成長とエラのサイズが比例して大きくなるようだ。ニシオンデンザメに限らず、サメ類には成長や寿命の秘密を解くカギが隠されているのかもしれない。

※1:Denham Harman, "Free radical theory of aging." Mutation Research/DNAging, Vol.275, Issues3-6, 1992

※2:J M. Tolmasoff, T Ono, R G. Cutler, "Superoxide dismutase: correlation with life-span and specific metabolic rate in primate species." PNAS, Vol.77, No.5, 1980

※2:過酸化水素を消去する酵素としてカタラーゼやグルタチオンベルオキシターゼなどがある。

※3:Julius Nielsen, et al., "Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus)." Science, Vol.353, Issue6300, 702-704, 2016

※4:David Costantini, Shona Smith, Shaun S. Killen, Julius Nielsen, John F. Steffensen, "The Greenland shark: A new challenge for the oxidative stress theory of ageing?" Comparative Biochemistry and Physiology, Part A 203, 227-232, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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