AI活用で戦国時代突入の将棋界――羽生竜王の課題は「研究時間」の確保か
羽生善治棋聖(47)に豊島将之八段(28)が挑戦したヒューリック杯第89期棋聖戦五番勝負(産経新聞社主催)は7月17日、東京都「都市センターホテル」で行われた第5局に豊島八段が勝ち、3勝2敗で棋聖を奪取した。この結果、将棋界の八大タイトルは8人が分け合う「戦国時代」に突入した。
<第1局から第5局の結果と戦型>
※▲=先手、△=後手
第1局 6月6日兵庫県「ホテルニューアワジ」
豊島八段(先)〇-●羽生棋聖
角換わり腰掛け銀
第2局 6月16日東京都「グランドニッコー東京 台場」
羽生棋聖(先)○-●豊島八段
▲右四間飛車△雁木
第3局 6月30日静岡県「沼津倶楽部」
豊島八段(先)○-●羽生棋聖
▲棒銀△袖飛車力戦
第4局 7月10日新潟県「高志の宿 高島屋」
羽生棋聖(先)○-●豊島八段
角換わり腰掛け銀
第5局 7月17日東京都「都市センターホテル」
羽生棋聖(先)●-○豊島八段
角換わり腰掛け銀
先手番キープ力の差が明暗分ける
今シリーズ、開幕から第4局まではすべて先手番が勝利。現代将棋の先手番勝率は52~53パーセントで推移しており、高段者同士で争われる持ち時間の長いタイトル戦などでは先手番有利の傾向はより顕著となる。ただ、本シリーズの内容は必ずしもそうではなかった。
最新の将棋AIを用いた解析(ソフトはAperyを使用)では第1局から第4局まで、豊島八段は先手番では一貫して主導権を握り、後手番の第2局、第4局でも有望な場面を何度か作ることに成功しているのが読み取れた。
一方、羽生棋聖は後手番での作戦に苦労しているようで第3局では4手目△7二飛の奇策を用いるなど工夫を凝らしたが実を結ばなかった。
改めて振り駒となった最終第5局は羽生棋聖が先手番を握ったが、将棋AIで終盤の深いところまで研究の進んでいる角換わり腰掛け銀となり、戦いが始まって間もなく後手の豊島八段が優位を築き押し切った。
新棋聖の強さはAIの活用が後押し
初タイトルを獲得した豊島棋聖の強みはなんといっても将棋AI(コンピュータソフト)を活用しての圧倒的な勉強量だろう。
2014年、棋士と将棋AIによる団体戦、第3回将棋電王戦でただ一人の棋士側勝利者となった。このとき豊島七段(当時)は対戦相手のソフト「YSS」と1000局近い練習対局を行い、以来人間同士の練習よりソフトでの勉強を主とするようになった。
各棋戦での成績は以前にもまして向上、2015年棋聖挑戦(羽生棋聖に1勝3敗で敗退)、2016年JT将棋日本シリーズ優勝。2017年A級昇級・八段昇段、2018年王将戦挑戦(久保王将に2勝4敗で敗退)、その後に棋聖を獲得し王位戦七番勝負(新聞三社連合主催)でも菅井竜也王位(26)に挑戦中と勢いは止まらない。
羽生竜王のタイトル100期達成は竜王防衛戦が大勝負
名人戦(朝日新聞社・毎日新聞社主催)に続き棋聖戦と連続で番勝負に敗れ、羽生竜王のタイトル獲得通算100期の偉業達成は10月から始まる竜王戦七番勝負(読売新聞社主催)に持ち越された。
「棋界の顔」として重要対局の合間にもイベントや講演で全国各地を飛び回り、今年からは会館建設準備委員会の委員長にも就任するなど多忙を極める中で、体調維持はもちろんAIを駆使して研究に余念のない若手や指し盛りの強豪たちを相手に、対抗できるだけの研究時間をどうやって確保するかが羽生竜王にとって一番の課題だ。
棋界戦国時代の生き残りをかけた、10月からの防衛戦は羽生竜王にとってまさしく「背水の陣」になるだろう。