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アメリカの連覇で幕を閉じた女子W杯。悔しさを乗り越え、なでしこジャパンは東京五輪で輝けるか

松原渓スポーツジャーナリスト
ベスト16で散ったなでしこジャパン。だが、希望は繋いだ。(写真:ロイター/アフロ)

【王者が見せた貫禄】

 女子W杯は7月8日(日本時間)に決勝戦が行われ、アメリカが2015年に続くW杯連覇を達成し、約1ヶ月間の熱戦に終止符を打った。ヨーロッパやアメリカ中心に関心も高く、視聴者数もこれまでより大幅に増え、大会としても成功に終わったと言われる。

 今大会は、賞金が前回大会の1500万ドル(約17億円)から3000万ドル(約34億円)に倍増したことが話題になったが、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は、23年の大会では、さらに倍の6000万ドルに増額し、出場枠についても現在の24から32に増やすことを発表している。

 今大会はベスト8進出チーム中7チームを占めた欧州勢の躍進が目立ったが、世界ランク1位のアメリカの強さは別格だったように思う。

 カナダ大会に続き、アメリカは出場24ヵ国中で平均年齢が最も高かった(28.5歳)。全7試合で先制点を奪う試合への入り方の上手さ、ここぞという場面での決定力、リードの守り方、試合の締め方など、「勝ち方」を熟知している選手が多かったが、組織としてもしっかりと機能していた。

 象徴的な存在だったのが、ゴールデンボール(MVP)とゴールデンブーツ(得点王)を受賞したFWメーガン・ラピノーだ。創造力溢れるプレーや、華やかなゴールパフォーマンスで観客を魅了。キャプテンとしての統率力もさることながら、マイクの前では持ち前のユーモアを存分に発揮した。そして「世界をより良い場所にするのは、私たちの責任です」と政治や社会問題に対する信念を積極的に発言し、ピッチではしっかりと結果を残す真のスターだった。

 また、3位決定戦はスウェーデンがイングランドを2-1で下して、ヨーロッパ勢対決を制した。

 なでしこジャパンの結果は以下の通り。

◎グループステージ第1戦 対アルゼンチン △0-0

◎グループステージ第2戦 対スコットランド ○2-0(得点:岩渕真奈/菅澤優衣香)

◎グループステージ第3戦 対イングランド ●0-2

◎ラウンド16 対オランダ ●1-2(得点:長谷川唯)

 今大会の日本は、23名中21名が国内組で、そのうち17名がフル代表でのW杯出場は初めてだった。参加した24ヵ国の中で平均年齢(24.0歳)は2番目に若かったが、年代別代表で世界一になった経験を持つ選手が多く、大舞台で萎縮する選手はいなかった。

 なぜ、日本はベスト16で敗退してしまったのだろうかーー。

【日本を苦しめたケガ人の多さ】

 日本が苦しんだ理由の一つに、負傷者の多さがある。

 代表メンバー発表時、MF阪口夢穂とFW岩渕真奈はケガから回復してリハビリの最終局面にあり、高倉監督はスタッフと慎重に検討を重ねた上で招集を決断した。

 だが、メンバー発表後のリーグ戦でFW植木理子とFW小林里歌子が負傷。大会に入ってからはDF宇津木瑠美やFW籾木結花らが練習中に負傷し、初戦ではMF長谷川唯が左足を痛めた。岩渕が初戦(途中出場)に間に合い、すぐにフィットしたことは大きな救いだったが、結局、練習で23名全員が揃う機会は少なく、強度の高いゲームやピッチを広く使う紅白戦はほとんどできなかった。

 遡れば、ある程度メンバーを固定して連係を確認する予定だったという3月のアメリカ遠征でもFW菅澤優衣香やGK山下杏也加、GK池田咲紀子ら中心選手を欠き、大会中にはインフルエンザや体調不良などでDF熊谷紗希、MF三浦成美、DF市瀬菜々ら、主力数名がベンチ入りできない緊急事態に陥った。4月の欧州遠征ではほぼメンバーが揃い、大会に向けた形がようやく整ったかに見えたが、本番ではさらに不測の事態が待ち受けていた。

 大会中、チームはキャプテンのDF熊谷紗希とDF鮫島彩を中心に全員で映像を見てミーティングを重ねたが、ピッチ上で連係を構築する時間の少なさは、少なからずチームの戦い方に影響を及ぼしたように思う。

 高倉監督はアクシデントによる主力の離脱も想定し、特定の個に依存しないチーム作りを進めてきたが、ここまでの事態は予測していなかったようだ。グループステージ3戦を終えて、

「選手たちは100パーセント努力してくれていますが、また新たなケガ人が出てしまい、(起用の)決断に苦しむ部分がありました」

と、苦しいチーム事情を吐露している。

 そのような中で4試合を戦い抜いた日本だが、期間中、選手の成長を感じさせる場面に幾度も遭遇した。

 それは、選手たちの表情や言葉が試合ごとにたくましく変わっていったことだ。三浦や市瀬、MF杉田妃和やDF清水梨紗ら、主力として試合に出続けた若い選手たちは、自分のプレーがチームに及ぼす責任と同時に楽しさを感じながら戦っているように見えた。

 オランダ戦後、岩渕は「このメンバーでサッカーをする最後の大会になるのは間違いないし、ケガ人もいましたが、勝ち進んだら一緒に出られる選手もいたので本当に悔しいです」と、泣きはらしたような赤い目で話した。チームは試合ごとに一体感を高めていた。

「一緒に出られるはずだった選手」は、阪口と宇津木だろう。今大会は2人のキャリアにおいて4度目の大会で、出場すればチームを導く存在になっていたはずだ。だが、最後までピッチに立つことは叶わなかった。

 それでも2人は黒子に徹し、献身的にチームをサポートした。毎試合、阪口からアドバイスを受けていたという三浦は、阪口の想いが乗り移ったような勇敢なプレーで中盤をコントロールし、MF宮川麻都は、宇津木から試合に出ていない時のモチベーションの保ち方を教わったという。

【イメージの共有】

 内容面では、セットプレーから得点を奪えなかったのが響いた。

 準決勝以降の8試合で生まれた20ゴールのうち、約33%にあたる6ゴールがセットプレーから生まれている。日本も大会に入ってからは非公開練習で様々なトリックプレーを練習していたが、得点には至らず、これまでのなでしこの弱点だったセットプレーから得点できない弱みが繰り返された。

 また、パススピードやフィジカルの強さ、決定力などは相手のレベルが高くなるほど不足を感じた。フィジカルや決定力は個々の取り組みに委ねられる。その点は継続した強化が必要だ。ただし、試合中の局面によってパススピードは一概に速ければいいというものでもないし、フィジカル面でも、必要な強さは局面によって異なる。最も大切なことは、選手同士が同じ「絵」を描けるかどうかだろう。

 MF長谷川唯は、オランダ戦の後にこう話していた。

「日本の前線が動き出した時にスペースができたり、(自陣に)引いてくれるチームに対しては崩すイメージを(選手間で)共有できているんですが、イングランドのように中盤が強い相手を崩せていません。そういう相手に対するボールの運び方や(攻撃時の)人数のかけ方は、もっと考えてやらなければいけないですね」(長谷川)

 日本は今大会で、パス成功率が24ヵ国中トップの84%だった。そして、その多くがショートパスだった。

 一方、4試合で54本のシュートを打ち、3ゴールしか決まっていない。ペナルティエリア内に侵入する効果的なパスが通らず、決定機自体が少なかった。

 その中で、オランダ戦で長谷川が決めた同点弾に至る流れは文句なしに美しかった。4人が連動した崩しは、今大会のベストゴールにもノミネートされている(7月17日までFIFA公式サイトで投票可)。

 相手陣内で攻撃のスイッチが入った際に動きが被ったり、イメージが合わなければ、カウンターを受けるリスクも高まる。慎重さと大胆さのバランスは難しいが、ゴール前で3、4人の選手がイメージを共有できれば、決定機を増やせるだろう。

 守備では、対策を重ねてきたクロスからの失点がなかったことは収穫と言えるだろう。しかし、イングランドやオランダには、中央を破られる形やセットプレーから失点した。オランダ戦で勝敗を分けたPKは、FWリネート・ベーレンスタインにドリブルで3人が抜かれ、エリア内に侵入された時点で勝負はあった。今大会から導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の影響で、ディフェンダーはエリア内で対応が難しい状況だった。

 より高い位置でボールを奪うことで失点のリスクを減らすためには、前線からどのようにコースを限定してボールを奪うのか、ピッチに立つ11人がイメージを共有する力が必要になる。

 それを実現するためにも、ある程度固定されたメンバーで、選手同士がピッチ上でコミュニケーションを重ねて連係を深める時間を増やしたい。

 高倉監督は練習の中で「形」を追求せず、状況に応じて選手同士が同じ絵を描くことを求めている。すべてが「選手任せ」というわけではない。

「試合の中で選手同士で解決策を見出していくことがサッカーの楽しみであり、私(監督)はあくまで脇役だと考えています。ですから、『これはこう』という風に(決めつけること)は言いません。ただ、『プレーの中でこれはやってほしい』とか、『こういう守備をしよう』、『こういうことを大事にして攻撃しよう』ということは、練習やミーティングで繰り返し伝えてきました。チームが強くなるためのセオリーは沢山あって、100通りのセオリーがあったら、それを繰り返し伝え続けています。それを選手たちが理解した中で(自分がやるべきプレーを)判断してほしいですね」(高倉監督)

 悔しさとともに貴重な経験を手にした選手たちは、1年後の東京五輪に向けて成長を加速させていかなければならない。

【P・ネヴィル監督の賛辞】

 今大会で、日本は期待された結果を残すことはできなかったが、未来への希望を繋いだ。

 フランスをはじめとした海外メディアは、アルゼンチン戦やイングランド戦で日本に対して厳しい評価をしていたが、オランダ戦の後半に日本が見せたパフォーマンスを高く評価している。日本がベスト16という早い段階で大会から去ることを惜しむ記事も目にした。

 また、4位のイングランドを率いたフィリップ・ネヴィル監督(元イングランド代表選手)は、日本との試合前にこう語っていた。

「日本には物怖じせず、ミスをすることも恐れずにプレーする選手がたくさんいます。監督が経験の少ない若い選手たちをW杯に連れてきたことは勇敢だと思いました。チームを再建する際には、勇気を持ってそうしなければいけない時があります。うちにもW杯初出場の選手が11人いますが、彼女たちは毎日新しい経験をしているわけです」

 そして、日本戦後の会見では「私は日本の大ファンです」と憚らずに言い、こう続けた。

「試合前や試合後の挨拶、サッカーに対する真摯で誠実な態度も素晴らしいと思いました。今の若いチームで優勝することは時期が早かったかもしれないですが、今後再び、前回(準優勝)や前々回(優勝)のような活躍を期待しています」

 同氏は大会中、自国の選手たちのプレーや振る舞いについてはもちろん、他国でも敬意を欠くプレーは率直に批判してきた。その点は、なでしこジャパンが受け継いできたフェアプレー精神に対する褒め言葉と受け取りたい。

 ちなみに、イングランドは今大会で試合ごとにメンバーを大幅に入れ替えている。「対戦相手の特徴によって選手起用を変える」(ネビル監督)大胆な起用を見せながら、しっかりとパスを繋いで崩す魅力的なサッカーで大会を盛り上げた。

 個人的には、イングランドがアメリカに1-2で敗れた準決勝が、今大会のベストゲームだった。東京五輪でも、イングランドは日本の前に立ちはだかるだろう。次に対戦する時は、もっと競った戦いが見られることを楽しみにしている。

東京五輪に参加できるのは18名。本番まで1年間の代表強化活動にも注目だ(筆者撮影)
東京五輪に参加できるのは18名。本番まで1年間の代表強化活動にも注目だ(筆者撮影)

 イタリアで7月3日から行われていた第30回夏季ユニバーシアード競技大会では、もう一つの“なでしこ”が活躍した。グループリーグでイタリア(○2-1)、アメリカ(○2-1)を下し、準々決勝でカナダ(○3-0)、準決勝でロシア(○2-1)に勝利。12日に行われた北朝鮮との決勝に1-2で敗れたが、銀メダルを獲得している。

 

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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