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朝ドラ『おちょやん』の「時代背景」がよく分からない

碓井広義メディア文化評論家
(写真:grandspy_Images/イメージマート)

「いつの時代」の話なのか?

「これって、いつの時代の話をしてるんだろう?」

そんなふうに思ったこと、ありませんか? NHK朝ドラ『おちょやん』です。

第14週(3月8日~12日)では、千代(杉咲花)や一平(成田凌)たちの「鶴亀家庭劇」と、須賀廼家万太郎(板尾創路)の「万太郎一座」が、集客数を競う勝負が描かれていました。

背後には、万太郎と千之助(星田英利)の因縁があります。

「万太郎兄さん」に負けない、より「おもろい芝居」を作るために、千之助は一平と手を結びました。

また高峰ルリ子(明日海りお)や石田香里(松本妃代)など劇団員とも和解して、この勝負に臨みました。

結果は15人の差で千之助たちが敗れましたが、一平との合作である『丘の一本杉』は、笑って泣かせる、「鶴亀家庭劇」らしい芝居です。

また一平と千之助の関係、千之助と万太郎の関係という意味でも、大きく前進したのが第14週でした。

この勝負、元々は鶴亀株式会社の大山社長(中村鴈治郎)の発案です。勝ったほうを、ちょうどこの頃、日本に来た「チャップリン」に会わせるという話だったのです。

結局、万太郎は「世界の喜劇王」に会うことを辞退してしまいましたが。

「昭和7年」の衝撃

さて、ここで前述の疑問です。一体「いつの時代」の話を見てるんだろう?

この週の冒頭で、「千代と一平が結婚してから3年後」という説明がありました。確かに、千代の髪型も娘時代とは変っています。

そして、「昭和七(1932)年」というテロップが出ました。さらにチャップリンが近々来日すると書かれた「新聞記事」も、ワンカット挿入されていました。

でも、それだけです。

「これで分かる人がどれだけいるのかな」と心配になるくらい、素っ気ない。と言うか、「ちょっと不親切じゃね?」って感じです。

チャップリンが、この年に「初来日」したのは事実です。しかも、それは5月14日のことでした。

そして翌日、5月15日に起きたのが、あの「五・一五事件」です。

海軍の青年将校たちが首相官邸に乱入し、当時の犬養毅首相を暗殺した、歴史上の大事件。しかし、ドラマの中では、まったく触れていません。

また、前年の昭和6年(1931)には「満州事変」が起きている。でも、そんなことも視聴者には知らされません。

「あれから3年」と説明があった、まさに3年前の昭和4年(1929)には、ニューヨークの株式相場が大暴落。世界恐慌が始まりました。

日本もまた、翌年の昭和5年には「昭和恐慌」と呼ばれることになる大不況に見舞われます。

「五・一五事件」も、昭和史の激しい流れの中での出来事でした。まさに「不穏な時代」だったのです。

そういう「時代背景」があっての大阪・道頓堀であり、芝居小屋であり、鶴亀家庭劇であり、千代や一平だったりするんですね。

視聴者が今見ている物語の背景が、「いつの時代」であり、「どんな時代」であるのかを、もう少しだけでいいので、伝えてくれるとありがたい。

なぜなら、登場人物たちと、彼らがやっていることに「奥行」が生まれるからです。

このドラマの中でも、やがて芝居が「不要不急」と見なされる風潮になっていくのは、それほど遠いことではありません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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