パリで愛でる「福島の桜」写真展
「復興に立ち向かうためには覚悟が要る。その心の支えが桜なのではないか」
震災の翌年から始まった「NHK“福島の桜”フォトコンテスト」。近年の入賞作品から厳選した写真が、いまパリの日本文化会館に展示されている。
初日の会場で迎えてくれたNHK福島放送局、木村裕也さんが語るフォトコンテストの経緯の中で、冒頭のこの言葉が印象的だった。
「福島の桜を復興のシンボルとしよう」と、震災の翌年からこのフォトコンテストは始まった。ほぼ時を同じくして『八重の桜』が2013年度の大河ドラマに決定したのを記憶している人も多いだろう。
桜が象徴的な花であることは、もちろん福島に限ったことではない。だが、日本三大桜の一つ「三春の滝桜」や「福島の花見山」はもとより、知るひとぞ知る名木など、県内には桜の名所が多い。
日本各地の桜を長年撮影してこられた敬愛する写真家、宮嶋康彦さんがこうおっしゃっていたのを思い出す。
「福島は間違いなく桜の國です」と。
フォトコンテストには、初年度から1000点以上の応募があり、前回の第7回では1367点を数えたという。被写体が福島県内の桜であれば、県外、外国からの参加も歓迎で、一人3点まで応募できる。これまでの入賞作品は350点。その中から厳選された15点が今回パリにやって来た。展覧会では、初回からコンテストの審査員を務めているフォトジャーナリスト大石芳野さんが撮り下ろしたモノクロ写真も展示されていて、こちらのテーマは桜ではなく、被災地の現在の姿。さらに福島局が4Kカメラで撮影した帰還困難地区の映像をVR(ヴァーチャルリアリティ)で鑑賞できるようになっていて、専用のゴーグルを装着すると、ランドセルが床に散乱したままの教室、卒業式の準備途中で時が止まってしまった無人の学校を実際に訪れているような体験ができる。また、原発事故の絶望から立ち上がり、田んぼを再生した人の姿を追ったローカル番組が字幕付きで流れているなど、写真と映像、様々な手法で福島の今が紹介されている。
先の木村さんは、この展覧会開催の下見のために昨年10月にもパリを訪れていて、その時の体験をこんなふうに語ってくれた。
「タクシーに乗った時、福島から仕事で来たというと、タクシーの運転手さんが“フクシマ”という単語を知っていたことにまず驚きました。そして『そこに住んで仕事をしているのか?』と逆に不思議がられ、福島の一部の地域が住めないのであって、それ以外の大半のところでは日常の生活が続いているのだと説明すると、驚かれた様子でした。その時、まずは『あのフクシマは今どうなっているのか』を知ってもらうのが第一だと思いました。日常の中に桜が溶け込んでいる風景があるのだということを。そして実際にこの桜を見てみたいと思い、一人でも多くの方が福島に足を運んでくれることを願っています」
パリの人たちは、この展覧会をどう受け止めているのか。来場者にお話しをうかがった。
「写真が好きなので、まず美しい風景写真を見たいと思ったのがここに来たきっかけですが、説明を読んでいくと非常に興味深く、鑑賞に深みが出ました」と、答えてくれたのはマルティーヌ・デュシテールさん。2年めのリタイヤ生活を満喫しているというマダムで、現役時代は管理職のヘッドハンターをしていたという。
「震災の時は、ニュース映像を通してリアルタイムで悲惨な福島の現場を目にしていましたが、他の風景は全く知らなかったので、この写真展によって、周りに水田が広がっているとか、その他にもたくさんのことを知ることができました。ビデオ映像からは農業を営む人たちにとってはいかに大変なことだったかよくわかりましたし、感銘を受けました」
そしていま多くのフランス人が憧れているように、近い将来、日本の桜を実際に見てみたいという思いを強くしたようだ。
「これまでフランスで報道されていたレポートとは違う視点から日本を見る機会になりました。ここには生活があることがわかります。その一方で人が全くいなくなってしまった場所もある」
帰還困難区域になっている桜の名所、富岡・夜ノ森の満開の桜の道路には、人も車もなく、ただ一匹のイノシシがこちらを見ているという写真を前に、リュドミラ・チェフさんは「シュールレアリズム」のようだと印象を口にした。
ベルギー大使館勤務の彼女は同僚のトム・ヴァンデンベゲラさんと一緒に展示作品を熱心に見ていた。彼女はモスクワの出身で、チェルノブイリで殉死した消防士たちが実家の近くに埋葬されているのだという。
「チェルノブイリと似ています。人々が去った後には、自然がとって変わりました。自然というのは驚くべきものです。その信じがたいほどの美しさ。動物がやってきて、そこで生きる。人間がいなくなることによって、自然がそれにとって変わる。それは悲しいことですが、同時に素晴らしいとも感じます」
同僚のトムさんの第一声は「悲しいと同時に美しい」だった。
「この地方の人々はとても苦しんだ。それでも自然の営みは続き、人々の痛みがあったとしても、桜は花を咲かせる。そこに人がいなくなったとしても。ちょっと複雑な気持ちです。どう考えたら良いのか。美しさに魅了されていればいいのか、人々が受けた苦しみ、そしてこれからもこの地方で続くだろう試練を悲しむべきなのか。しかるべき状態になるまでには、この先も長い道のりがあるでしょうから…。いずれにしても感動的な展覧会です」
「私が覚えているいくつかの風景を思い出させるようでもあり、心が温かくなるような、懐かしさを覚えます」と語るのは、ジャン=ルイ・ラコンブさん。南仏はモンペリエ近くで悠々自適のリタイヤ生活を送っているが、以前は神戸に本社がある会社のヨーロッパ代表を務めていたことから、これまで何度も日本を訪れている。
「日本の春の風景は素晴らしい。特別な色をしていますよね。写真を見ながら昔に戻ったような気がして、少し感傷的になりました。日本では残念ながら北の地方を旅したことがないので、この地方のことはよく知りませんが、こうして生活が戻っているのを見るのは喜ばしいことです。希望、未来、若い人たち、美味しいご飯。次の世代が、このデリケートで悲しい歴史を思い出しつつも、笑顔になってほしいと思う。こんなに美しい風景があるのですから」
パリ日本文化会館での「福島の桜」写真展は3月28日まで開かれている。(24、25日は休館)