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ウェルター級に挑むマイキー・ガルシア パッキアオの軌跡を追走できるか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
発表セレモニーで対面したスペンス(左)とマイキー(写真:FOX SPORTS)

 フェザー級、スーパーフェザー級、ライト級、スーパーライト級の4階級で世界王者に就いたマイキー・ガルシア(米)が5階級目のベルトを狙い、IBF世界ウェルター級王者エロール・スペンスJr(米)に挑戦する。13日(日本時間14日)両者をプロモートするPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)が来年2019年前半のFOXテレビ系列で中継されるスケジュールを発表した際に明らかになった。この試合は3月16日、テキサス州アーリントンのダラス・カウボーイズの本拠地AT&Tスタジアムでゴングが鳴る。

ライト級王者のまま挑戦

 イベントがPPV(ペイパービュー)放映されるようにスペンスvsガルシアは来春の目玉カードだ。ガルシアの実績に劣らず、ロンドン五輪米国代表からプロ入りしたスペンス(28歳)はこれまで24勝21KO無敗。昨年5月、敵地英国で強豪ケル・ブルックに11回TKO勝ちで獲得した王座はまだ2度しか守っていないが、全17階級でもっともレベルが高いクラスの一つと言われるウェルター級で早くも最強と認知されつつある。

 ガルシア(39勝30KO無敗。以下マイキーと記す)は現在、140ポンド(スーパーライト級)からライト級にUターンし、WBCライト級王者に君臨する。7月、統一戦に勝ってIBFライト級王座を吸収したが、先月返上を申し出た。IBFから指名試合を通告されたためである。一般のファンから見れば指名挑戦者をスルーしたとも受け取れるが、マイキーは自身の信念を貫いたと解釈したい。それは他ならぬスペンス挑戦の不退転の決意である。

 ライト級リミットは135ポンド、ウェルター級リミットは147ポンド。12ポンド(約5.4キロ)の差がある。ライト級王者がウェルター級王者に勝ったのは“石の拳”ロベルト・デュラン(パナマ)がスーパースター、シュガー・レイ・レナード(米)を破ったのが代表例だろう。

自ら最強王者スペンスを指名

 今、ウェルター級王者はWBA“スーパー”王者にキース・サーマン(米)、同“レギュラー”王者がマニー・パッキアオ(フィリピン)。WBC王者はショーン・ポーター(米)、WBO王者がテレンス・クロフォード(米)、そしてIBFがスペンスという顔ぶれ。この中でサーマンの実力評価も高いが、ケガが災いし長期ブランクを余儀なくされ、ようやく1月に復帰戦がセットされたばかり。ファン垂涎のカードはスペンスvsクロフォードへと移行している。

 トップランク傘下のクロフォードも手ごわい王者だが、ライト級、スーパーライト級とクラスを上げた選手で、ナチュラルウエートのスペンスがパワー、体格の点で勝っている。これに極上のスキルが加わるのだから、ウェルター級上位を占める選手でも「できるならスペンスとの対戦は回避したい」と尻込みするのも無理はない。

 そこへ志願するようにマイキーが挑戦を熱望した。

 なぜ最強のスペンスかという問いには同じPBC傘下の選手――という答が当てはまる。だが上記の王者たちでPBC所属でないのはクロフォードだけ。5階級制覇を目指すのなら、もっとリスクの少ない王者を選んでも不思議ではない。やはりマイキー(30歳)はベストな相手との対決を切望する気持ちが強いのだ。筆者が行ったインタビュー(ボクシング・ビート2018年7月号)でも対戦したい相手として真っ先にスペンスの名前を挙げていた。

 大願成就。マイキーの野望を汲み取るように交渉はスムーズに進展した。彼の心意気、勇気を称賛する声は少なくない。例えば彼のライバルであり、これもファンが統一戦を待望するワシル・ロマチェンコ(ウクライナ=WBA世界ライト級王者)との比較。パウンド・フォー・パウンド最強の呼び声高い“ハイテク”ロマチェンコをしても2階級越えしてスペンスに挑む度胸はないとメディアはマイキーを持ち上げる。

レベルが違う

 同時に「いくら何でも無謀だ」と批判する向きもある。公式データによると身長で約8センチ、リーチで約10センチ、スペンスが勝る。試合発表で2人がフェイスオフした時、体格差が露わになった。数字以上に体の容量というか体積が明らかに違う。もっとも試合から遠ざかり、マイキー戦まで間隔があるスペンスにかなり重量感があったのは否定できないが。

 スペンス絶対有利説を唱える一人は10月、村田諒太(帝拳)に判定勝ちでWBAミドル級“レギュラー”王者に就いたロブ・ブラント(米)だ。ブラントは2014年から約3年間、スペンスのトレーナー、デリック・ジェームズに師事。テキサス州ダラスのジムでスペンスといっしょに鍛えた仲。階級が近いこともあり、2人は何度もスパーリングをこなした。

 そのブラントいわく、「同じ人間とは思えない」、「強すぎ」、「別次元」。これらの言葉がスペンスに対する評価。とりわけパンチ力を表現したものだ。ブラントは「エロールとのスパーリングの経験があったから、村田の強打をもらっても全然平気だったよ」とコメント。「彼はレベルが違う」と舌を巻く。

村田諒太から王座を奪ったブラント(右)はスペンスの実力を高く評価する(写真:BoxingScene.com)
村田諒太から王座を奪ったブラント(右)はスペンスの実力を高く評価する(写真:BoxingScene.com)

 ある日のスパーリングで16オンスの大きいグローブでブロックした上を殴られたブラントは拳を打撲。翌日、練習ができなかったという。何ともすごいスペンスのパンチングパワー。ちなみにその時のパンチは左オーバーハンドだったとか。繰り返すが、スペンスのストロングポイントはパワーだけではない。これまで触れてきたようにフィジカルアドバンテージがあり、サウスポーという利点も見逃せない。おまけに練習熱心な性格を兼備している。

 知り合いの記者は「マイキーはスペンスにノックアウトされる公算が大きい。それも6ラウンド以内に。(マイキーは)オーダーメイドの相手に映る。自分ではスラッガーだと思い込んでいるけど、スペンスと対峙するといかにも小柄で、パワーで太刀打ちできない」と警鐘を鳴らす。

パッキアオの躍進当時とダブる

 難攻不落に見えるスペンス。階級の壁を次々と突き破って台頭した先達はやはりパッキアオが筆頭だろう。オスカー・デラホーヤ戦の前は「ミスマッチ」と絶対不利を予想されたものだ。しかし実際のリングでは信じられないことが起こった。パッキアオのハンドスピードと機動力の前にデラホーヤはラウンドが進むにつれて失速。めった打ちにされて棄権を迫られた。

 翌年(2009年)ミゲル・コットに最終回TKO勝ちで正式にウェルター級王者(WBO)となるパッキアオだが、その前にスーパーライト級に戻り、英国の人気選手リッキー・ハットンを2回KOで一蹴。これはマイキーがライト級にUターンしたことと重なる。コットを下したパッキアオは一度WBOウェルター級王座を防衛した後、2010年にはアントニオ・マルガリートを破りスーパーウェルター級王者(WBC)に就いた。この試合はキャッチウエート(両陣営の合意による体重設定)で行われた。

今後対戦も予想されるマイキー(左)とパッキアオ(写真:BoxingScene.com)
今後対戦も予想されるマイキー(左)とパッキアオ(写真:BoxingScene.com)

 パッキアオの複数階級制覇の冒険はこのあたりがピークだった。ライトフライ級(リミット108ポンド)周辺からプロキャリアをスタートしたパッキアオがここまで到達したのはビッグサプライズ。マイキーはフェザー級(リミット126ポンド)が出発点だったから、まだ余力があるという見方もできる。すでにベイエリア(サンフランシスコ周辺)で営業するフィジカル&コンディショニングコーチ、ビクター・コンテのもとで肉体改造を図っているという噂もある。メジャーリーグ、バリー・ボンズのステロイド疑惑の関連人物だけにちょっと怖い印象もあるが、打倒スペンスに並々ならぬ意欲を感じさせる。

俺は勝てるとマイキー

 それにしても当人のマイキーは強気だ。「人は気が狂ったのか?と心配するけど、試合が決まり、うれしい。これまでのキャリアで多くのものを獲得したけど、私のモチベーションはまだ衰えていない。私はスペンスを負かす十分な力を持っていると思う。147ポンドに上がってもテクニックも自信もそのままシフトする。そこへ兄のロバート(元IBF・S・フェザー級王者)と父エドゥアルドから授かる作戦が加わる。試合に勝つすべてを私は装備している」(マイキー)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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